七福神代理!
七福神・・・
それは人々に様々な福をもたらすと信仰される7人の神様・・・
穏やかな海、吹きぬける潮風…
そして響く怒声…
「おらおら〜!おとなしく人質になりやがれ〜!」
「「「うわああああああ!」」」
そんな大きくない客船の甲板で事件は起こっていた。
「あっはははは!オレ達海賊の醍醐味、船を乗っ取ってお宝ゲット!これほど、楽しいことはないぜ〜!あーははは!」
そう、この客船はまさに今海賊に乗っ取られ、乗船客は人質にされていた。
人々は怯え、口々に助けを求める…と、
「待て待て〜い!」
「ん?」
突然彼方から待ったの声が掛かった。この場合大抵は正義のヒーローである。
「な、なんだ?」
海賊の頭領の目に映ったのは波をこいでこちらに向かってくる一隻の木船。大きな帆を張り、大きく宝と書いてある。そして人影が七つ…
「そこの海賊達!これ以上悪さをしたら、承知しないぞ!」
ヒーローお決まりの台詞。しかし声は青年というより少年の声である。
「な、何者だ!」
「我らは!」
木製の船ははっきりと姿を現し、船に乗っている七人の姿もよく見えるようになった。やはり大人ではない少年で、少年が六人と少女が一人乗っている。先頭に立つ少年が叫ぶ。
「我らは、この宝船で世界を回り、人々を救う・・・七福神!」
「な!」
海賊の頭領は思わず一歩あとずさる。
「代理!」
「は・・・?」
しかし紡がれた言葉にあとずさった一歩は空しく崩れた。
「だ、代理だと〜!俺達をなめくさってんのか、ガキャー!」
怒る頭領を目に、七福神代理と名乗った少年が左斜め後に立つ少女に視線を移す。
「やっぱり、この“代理”というのは何とかならんものか、天よ?」
「無理です…それと今私は“天”ではなく“弁財天(べんざいてん)”です、福禄寿(ふくろくじゅ)様。」
「そうそう、弁天の言うとおり。でも、代理であっても今は七福神なんだから、さっさと助けに行きましょうよっ、た・い・しょ・う!この恵比寿(えびす)、気合入れてくぞ〜!」
「む〜、そうだな。では・・・はっ!」
スタッ!
客船の甲板に少年が降り立つ。
海賊の頭領は怒りに震え、その少年を睨んだ。
福禄寿と呼ばれた少年は薄茶の長髪をポニーテールにし、大きめの羽織を肩にかけ、手には木製の杖を持っている。年のころはパッと見て14、5歳である。
「さあ、海賊の頭領よ・・・このまま引き下がるのなら見逃してやろう。」
「バカ言ってんじゃね〜!ここでこんなガキ共にビビッて引き下がったんじゃ海賊のじゃね〜だろ!てめえこそ、ふざけてね〜でとっとと命乞いでもしろ!」
「はあ〜、やっぱり・・・では、仕方ない。」
「何が仕方ないだ!おい、野郎ども!人質を縛り終わり次第、金目のものかっさらってこい!全部だ!オレはこいつらを始末する!」
頭領は声を張り上げて指示を出す。しかしフッと背後に気配を感じた。
「それはいかん・・・」
「んなっ!」
いつの間にか背中に刃物を突きつけられていた。横目で捕らえた柄の長さから槍か矛のようだ。
「俺は毘沙門天(びしゃもんてん)・・・貴様のような子悪党を相手にするのは不本意だが、下手なことをすると・・・刺す!」
「うくぅっ!」
(いつの間に・・・!)
背筋に寒気が走った。頭領は直立不動になり、部下達は頭領のピンチにおろおろする。
割と軽装な鎧にザンバラに切られた黒髪、そして鋭い眼光は少年のものとは思えない気迫を感じさせる。
「おいおい、あまり本気で脅すんじゃない。お前の睨みは恐ろしすぎる。」
「何を甘いことを言っている、福禄寿。それより大黒(だいこく)共はどうした?」
「ああそれなら・・・」
「・・・?」
福禄寿はチラッと甲板の隅で人質を縛っている海賊たちを目で指した。
「大人しくしてろ・・・」
海賊達は怯える人々を叱咤している。実際、内心は頭領が捕まり自分はただ己より弱いもの達に強がるのが精一杯だった。
「大人しくするのは、そっちでしょ〜?」
「さあ、大人しくお縄につけ〜!」
「な、なんだ〜〜〜!」
二つの声を確認したと同時に背後から首に小槌を突きつけられていた。
恐る恐る視線を横に動かしてみると、そこには満面の笑顔をした小太りの少年の顔があった。たとえ笑顔でもそれは絶対零度の笑顔に見えた。
「ちょ〜っと、静かにしててね〜。」
「あ、は、はい・・・」
その微笑にすっかり怯えあがった海賊は頭領と同じく直立不動となった。
「お〜い、恵比寿!頼むわ〜!」
「は〜い、任せといて寿老人(じゅろうじん)!」
「あんまそれで呼ぶな!俺だってこの歳で老人なんて名乗りたくねえよ・・・」
「アハハ、ごめんごめん!」
恵比寿は平謝りすると、手に持っていた釣竿を大きく降り始めた。
「よ〜し、いっくぞ〜!うりゃぁ〜!」
恵比寿の釣竿は大きくしなり、糸は空中で円の描くようにして海賊達に向かって放たれた。そして、糸はドンドン伸びて人質を拘束しようをしていた海賊達を縛り上げた。
「えっへへ〜、これでいいっしょ?」
「さっすが恵比寿!竿さばきが鮮やかだ。」
福禄寿はパチパチと手を叩き、再び視線を海賊の頭領に向ける。
「さあどうする?部下は捕まったようだが・・・まだ抵抗する?」
頭領に詰め寄って睨む。しかし、睨まれた頭領は降参するでもなく口元に笑みを浮かべた。何かを呟く・・・
「・・・トゥ・・・」
「ん・・・?」
「ヤートゥ、出てきてやっちまえ!」
「な・・・っ!」
頭領の叫びとともに一羽の鷹が宙を舞って現れた。その鷹は大きく円を描くと姿がゆがみだし、助走を付けて福禄寿へ突進してくる。
「くっ・・・!」
福禄寿はサッと身をひねってかわした。そして背後に降り立った鷹を振り返る。
「やっぱり・・・ヤートゥ。」
視界に入ったのは鷹ではなく大型の犬だった。まだ少し体がゆがんで見える。
「ヤートゥって、あのインダの・・・?」
恵比寿が確かめるように福禄寿に問う。視線は犬を捕らえたままで、かるく構える。
「ああ、悪魔的存在とされ、獣の姿をとって人々に害をもたらすという精霊・・・」
「そうだとも!ヤートゥはオレの隠し玉さ!さあ、やっちまいな!」
「ガルルルル〜!」
ヤートゥは激しくうなり、牙をむき出しにして福禄寿に突進してきた。
「福禄寿!」
「くぅっ・・・!」
手に持っていた木製の杖でヤートゥを抑える。ヤートゥはしつこく向かってくる。
「てやっ!」
なんとか振りほどいたが、なおも凶暴な目は変わらない。
と、そのときヤートゥの視線は福禄寿ではなく、横付けされている宝船に乗ったままの弁天に向けられた。
「ガルルルルル〜!」
「弁天!」
ヤートゥは強い脚力で一気に弁天との間合いをつめ、牙をむき襲い掛かる。
ドガン!
あたりに鈍い音が響いた。そして次にはドサッという音が聞こえた。
一瞬辺りが静まりかえる。
「は〜、琵琶で殴るか?ふつ〜・・・」
「しかも一撃KO・・・」
寿老人と福禄寿が呆れと引きつり気味の感心を口にした。
「仕方なかったのです。私にとっては一番簡単で手っ取り早かったので・・・」
弁天はくるくると象徴ともいえる琵琶を片手で回し、余裕といった表情をした。
「こ、この〜・・・ヤートゥ、ヤートゥ!さっさと起きろ!」
「ガ、ガルルルル〜・・・」
頭領の声にヤートゥは震えながらも再びしっかりと立ち上がった。
「よしっ!その女はいい、そっちの弱っちそうなガキを狙え!」
「ガルルルル〜!」
ヤートゥは目に福禄寿の姿をとらえると、また飛び掛ってきた。
「福禄寿!」
「大丈夫・・・」
寿老人が叫ぶが福禄寿は笑みを浮かべた。ヤートゥが迫る。
カーン!
今度は先ほどの鈍い音ではなくスッと通るような響きのいい音がした。
福禄寿は杖を船の床に叩き、真っ直ぐにヤートゥを見据えている。
「なっ・・・どうした、ヤートゥ!何故急に止まる、動け!飛び掛れ!」
ヤートゥはそんな主人の声など届かないと、じっと福禄寿を見つめる。
『絶対権力』
福禄寿の司るものに権力もある。これは目の前にいるものを支配する、福禄寿の能力とも術ともいえるもの・・・。
「お前はもう行くんだ。ここから陸地までそう遠くはない、鳥の姿になればすぐに着くだろう。いままで君の怪我にも気づかないような主人で大変だったろう、けどもう大丈夫だ。でも、大陸についてからは悪さもほどほどにするように。」
福禄寿がニッコリ笑うとヤートゥは鷹へと姿を変え、大空に飛び立っていった。
「ね!」
福禄寿は「ほら大丈夫だった」というように笑顔を向ける。寿老人は「はいはい」と手を振り、恵比寿は静かに小さく手を叩いた。
「さ、どうする頭領よ?隠し玉とやらはいなくなったぞ?」
驚愕する頭領を振り返り、問う。
「く〜、このまま引き下がれっ・・・!」
海賊の誇りにかけて足掻こうとするも、福禄寿の今度は『絶対権力』ではない自分を睨む視線と合う。
その瞳は真っ直ぐ澄んでいて、神らしい光を思わせる反面、どこか冷たさを帯びていた。
「・・・・・・っ!」
「このままなんだって〜?」
「ぶ、部下のためにも、ひ、引き下がります!み、み、見逃して下さい!」
「よ〜し、それでいいそれでいい。もうこんなことしちゃだめだぞ〜?それから、ガキガキ言うが私はこれでももう18だぞ?」
「はい〜〜っ!すみませんでした!」
福禄寿は恵比寿に合図して海賊を縛っていた糸を解かせた。
すると海賊達は頭領を先頭に一目散に自分達の船へ逃げ帰った。ある意味王道の悪役の鏡といえる姿だった。
「ふ〜、終わった〜・・・」
「福禄寿、お前はほとんど何もしていないだろ・・・?」
「シャモン・・・や、毘沙門天だった・・・私だっていろいろ頑張ったぞ〜。」
「どうだかな・・・」
二人のやり取りを横目に、綺麗な長い黒髪をなびかせながら船から降りてきた弁天は人質となっていた人々に呼びかける。
「みなさ〜ん、もう大丈夫ですよ〜!」
「おお、ありがたや、神様〜・・・」
「ありがとうごぜ〜ます〜、なんとお礼を・・・」
「お礼なんていいです、ね、福禄寿様?」
「ああ、もちろん!・・・では、私達は失礼させていただきますね。いくぞ〜みんな〜!」
「「「「「「おお〜!」」」」」」
「いや〜、やっぱいいことしたあとは気持ちいいな〜・・・」
宝船は七人を乗せ、「神様ありがとー!」という喝采を背に客船を後にした。波も穏やかで絶好の航海日和である。
「お礼にどうしてもってお饅頭もらったし・・・うん、おいしい。」
「ちょっと大黒天様?お礼はもらわないんじゃなかったんですか?それに本来あなたが与える側でしょう?」
おいしそうに饅頭をほおばる大黒天代理を苦笑いして弁天代理がいさめる。
「それよりロクジュ、お前精霊にも『絶対権力』使えたんだな?」
ロクジュは福禄寿代理の少年の名である。寿老人代理は感心を込めて訊いた。
「ああ、けど私の力だとやっぱり本物の福禄寿様と違って、まだ動物や精霊が限界だ・・・私もまだまだ修行が足らんな〜・・・」
ロクジュは「ハハハ」と笑って空を見た。
と、そこに小走りでかけてくる少年が一人・・・
「どうしたんだよ、布袋(ほてい)・・・?」
「あ、あのみなさん、今通信が入ったんですよ!」
「通信?誰から〜?」
「七福神様方からです!」
「な、し、七福神様〜!」
だらしなく甲板に寝転んでいた寿老人代理が飛び起きて姿勢を正す。
布袋と呼ばれたまだ幼さの残る少年は扇を開くと前に差し出した。すると扇の上に青色半透明のディスプレイらしきものが浮かび上がった。
七福神代理の面々はそのディスプレイに集中する。
『やあやあ、元気じゃったか?お前達の活躍はわしらの耳にも届いとるぞ。』
「福禄寿様・・・あなた方もお元気そうで、何よりです。」
『おお、ロクジュ!ますますわしの若い頃に似てきたのではないか?隣にいるテンもまた可愛くなって・・・』
『おっ、本当だな!一段と美人になって・・・』
『ちょっと、大黒天様!私のカワイイ代理を変な目して見ないで下さいよ〜?』
「弁天様・・・あ、それより何か用があるのではないですか?」
『そうだそうだ忘れるところであった!さすが私の代理、恵比寿だ。それで用というのはな・・・』
『実はあの五色の玉が盗まれたんじゃ!だからこれからおぬし達にそれを取り返してもらいたい。』
「え、五色の玉ってあの・・・?どうしてまた・・・?」
『わしが知るか!で、今どのあたりにおる?』
「えっと、インダ洋です。」
『では、これからタイベイ洋に向かってくれ。』
「はい、わかりました!」
代理の面々はビシッと敬礼のように挨拶した。
『期待しとるぞ、なんせいままでの代理の中で一番いい代理だからのう・・・』
「もったいないお言葉、ありがとうございます。」
『おう、それからジュロウはいるか?わしの代理の・・・』
「はいここに!」
『フフフ、お前さんの活躍も聞いておるぞ。これからもその調子で頑張るのじゃ・・・その歳で長寿番付に出られそうな名前、代理出来るお前さんは幸運だぞ?じゅ・ろ・う・じ・ん!・・・では、アディオス!』
ブツン!通信は一方的に切られた。
「あんのジジイ―――!」
寿老人の代理、ジュロウは怒りに震えて両手を振り回す。
「ちょっ、あっちは本当の神様なんだからめったな事言っちゃだめぇ〜!」
福禄寿代理のロクジュは必死にジュロウを後から抑える。見かねて恵比寿も前から押さえにはいった。
「百年に一度の大事な神同士の集まりだかなんだか知らねぇが、こっちは代理やってやってんだぞ〜!」
ブツン!
「はえっ・・・?」
またも突然先ほど一方的に切られた通信がつながった。
『おお、言い忘れておった・・・集まりがまだ長引きそうでの、皆のことをもうしばらく頼む、ロクジュよ・・・』
「はい、任せて下さい福禄寿様!」
『それと、もう一つ大事なことが・・・』
「なんでしょう・・・?」
『・・・・・・』
「・・・・・・?」
『お土産は火ねずみの皮衣なんかでよいぞ?ま、強制はせんがわしらのおかげで一躍ヒーローになれたのだからのう、ちょっとくらい・・・では、またの〜!』
ブツン!
「・・・・・・」
「ロ、ロクジュ・・・?」
今まで抑えられていたジュロウは後で固まっているロクジュに恐る恐る訊ねた。
「あんの、ジジイ―――!!」
ロクジュは怒り狂って叫んだ。
「ちょ、ロクジュしっかりしろ〜!」
「ロクジュ様!」
「うわ〜ロクちゃん抑えて抑えて〜!」
「うが〜!」
こうして宝船は一路タイベイ洋へ向かうことになった。
七福神代理の旅はまだまだ続く・・・