代理達のお正月

 

 「ロクジュさん新しい箱来ましたよ!」

 「ああ、じゃあそこの隅にでも置いといてくれ。」

 「おいロクジュ、お前の担当願い文一束追加だ!ほら!」

 「わ、投げるなジュロウ!それにこっちもまだ片づいていないというのに・・・」

 声を張り上げながら忙しなく手を動かす。

 前後左右どこを見ても手紙の山、山、山。これは人間達の願いが記された願い文(ねがいぶみ)という手紙で、アシアを中心に七福神に宛てた願いが世界中からこの宝船に寄せられている。

 「なになに〜、『身長を伸ばしてください』・・・そんなもん牛乳飲め!私の方が伸ばしてほしいくらいだ!はい次!」

 おもむろに右の山に手を突っ込み一枚を引っ張り出す。

 「えっと『今年こそ結婚できますように』、って専門外ではないか・・・ホテ、愛染明王の代理に送り付けといてくれ。」

 「はい・・・ロクジュさん大丈夫ですか?」

 ホテが心配そうに山に埋もれているも同然なロクジュの顔を覗き込む。

 「なんとかな・・・まあ、これが神代理の仕事なわけだから。」

 「そうですね、他の代理さんたちも忙しいんだろうな〜・・・」

 正月のこの時期、願い文の数は通常よりも格段に上がる。もう半端なく、容赦なく、何倍なのか検討もつかないくらいに増加するのだ。

 とりあえず届いた願い文は残らず目を通す。願い事を叶えるかどうかは別として。もし気に留まるようなことがあれば、それなりのまじないくらいは施す。しかしそれはごくまれなことである。

神が動くのは大きく3つ、本当の強い願いを受けた場合、世が危機的状況に陥った場合、あとは気まぐれなご加護である。気まぐれといっても正月や祭など気分が乗ると確率は上昇するが・・・。

 「願いの強さによって文に違いはあるが、どのみち全て読まなくてはならないのならあまり変わらないな・・・お、この願い文はなかなか綺麗だな。ということはそれなりの・・・」

 『今年こそ息子に嫁がきますように。でなければ家は息子の代で止まってしまいます・・・』

 じっとその文面を見た。据わった目で。

 「・・・だ〜か〜ら〜、こういうのは専門外だ!ホテ、これも愛染代理に送ってくれ。」

 「はい・・・愛染さんも大変だなぁ。」

 願い文を受け取り、それに念を込めて空へ飛ばす。手紙は一瞬のうちに空の彼方へ消えていった。ロクジュはそれを見送って盛大な溜息を吐く。

 「宛て先間違いが多いな、しかも色恋沙汰・・・」

 「さっき小生のところにも来たっスよ、それもドロドロなやつ。」

 「恵比寿にそんなの頼んでどうするんだか・・・大儀だったな。」

 手紙の山を掻き分けて隣に腰を下ろしたビスにねぎらいの言葉をかける。ビスも苦笑気味に「お互い様」と返してきた。

 「このままじゃ手紙の重みで宝船転覆なんてことになるんじゃないか?」

 「まあ、そうならないように早いとこ片付けた方がいいっスよね。」

 「ロクジュ様、通信が入ってますよ。あっ、今そちらに行きま・・・・・・きゃっ!」

 今度はテンが通信用の扇を片手に山を掻き分けてやってきたが、どっさり積もった手紙に足を捕られ体勢を崩す。

 「大丈夫か、テン?」

 「はい、ビス様が支えてくれたおかげで。ありがとうございます。」

 「危ないところだったね、テンちゃん。」

 「ここまでくると手紙も危険物だな・・・」

 手紙の山に目を据えて思わずそんな言葉を漏らしてしまう。

 しかしこんな忙しい時期に通信とは珍しい気もするが、いったい誰からなのか?テンから扇を受け取ったもののあまりいい予感はしない。

 「誰からだ?」

 「ああ、それは愛―――」

 『くぉら、ロクジュ!貴様、私のところに余計な仕事ばかり増やしおって!』

 「・・・・・・愛染、代理・・・」

 扇を開いたとたん大きな顔と大きな怒声が鳴り響いた。聞き覚えのある声に、顔をしかめる。先ほど願い文を送りつけた愛染明王代理のゼンであった。

 「余計ではないぞ、ちゃんとお前専門の願い事じゃないか。」

 『貴様のところに届いた願い文だろう!そっちで処理しろ!それでなくてもこっちは多くのドロドロ問題と向き合っているんだ!』

 「一つや二つ増えても変わらないだろう。」

 『何が一つや二つだ!貴様が送ってきたものはゆうに十を超えたぞ!しかも一日で!』

 歳の頃は二十歳前後というところだろうか、短めの茶髪に赤い衣装を纏っている。

 「国によっては晩婚化が進んでいるからな、それが切実な願いとなったのだろう。そう思うとむげには出来なくてな・・・ほら、次の願い文の山が来たぞ。」

 『何!?うわあああああああっ!』

 浮かび上がるディスプレイの向こうで手紙の山に飲み込まれた愛染明王代理の姿にロクジュ含む三人は哀れみの表情を浮かべた。

 「大丈夫かな、ゼンさん・・・?」

 「向こうでも大変なことになっているようですね・・・」

 「哀れ、ゼン・・・・・・。」

 涙を拭うフリをする。あくまでもフリである。自分も人のことを言えた立場ではないので、同情もなにもそんな余裕は持ち合わせていない。

 「ところでお前達の願い文はどうなっているんだ?」

 「私のところは学生さん方の合格祈願が主で、次いで芸者さんですね。一応大きな波は去ったと思うんですけど、油断禁物といったところでしょうか。」

 「小生のところは漁業組合一同ってけっこう皆まとめてお願いしてくれてるところ多いから、まあ大将のとこほどバラバラじゃなくて助かってるっスよ。間違ってる願い文も多いけど・・・」

 肩をすくめて「さっきみたいにね」と付け足した。

 二人の話を聞いて何か考え込む素振りをするロクジュ。一度ぐるりと周囲の山を見渡して、他の代理達の様子も見る。ポンと手を打って立ち上がった。

 「ではそろそろ、あれをやるとするか・・・」

 「あれ・・・ですか?」

 「ああ、そうだそうだ忙しくって忘れるところだった!大将、あれっスよね?」

 頷くロクジュと理解しているらしいビスの顔を交互に見てテンもある考えに思い当たる。

 「では、私は向こうで励んでいるジュロウ様とシャモン様を呼んできますね。」

 くるりと踵を返して甲板の方へと駆けていった。甲板は船室より幾分かは山が低くなっているようだ。シャモンも仕事が早いし、ジュロウの場合は・・・3割ほどロクジュへと回ってきているのだろう。福禄寿と寿老人は同一視されている説があるので、寿老人より弱冠知名度の高い福禄寿に願い文が集中するらしいのだ。

 「おーい、ホテっちゃんにダイコクもほらっ!そろそろあれやるからさ!」

 ビスが二階に向かって呼びかけると二人が顔を覗かせた。いつもは元気いっぱいのポッチャリ系少年ダイコクがやややつれている感がある。

 「大丈夫?疲れてるね〜ダイちゃん。」

 「う〜ん、なんとか・・・」

 知名度でいえば上位に入るであろう大黒天の代理ダイコクのもとへは、他の代理達より願い文が一層増え続けているのであった。フラフラと振っている手が「大丈夫」の合図のよであり、また「まいった」という降参のようにも見える。

 「さあみんな『神応呪陣(しんおうじゅじん)』をやるぞ!」

 

 甲板に一同が集結し、円を作る。

 「みんな準備はいいか?始めるぞ。」

 ロクジュの呼びかけで皆目を閉じて精神を集中させる。それぞれ術の系統にあった構えをとり、円の中心に力を込める。

 「みんな元気に正月を過ごせますように!」

 ジュロウが印を組み、巻物を広げて声を張り上げた。それは言霊となり円の中心に陣を描く。次に隣のホテが両手を合わせ、言霊にのせた。

 「皆が仲良くお正月を過ごせますように。」

 「災いよらず、息災に・・・」

 「華やかに・・・」

 「民に、恵みを・・・」

 シャモン、テン、ダイコクが続く。

 「我ら七の神のささやかな加護・・・」

 ビスが両の手で印を組み、皆の言霊を運ぶ。ロクジュはそれを視界に認め、杖を前方に突く。

 「人々に福を!」

 ロクジュの一声で円が線を結び、一つの陣となる。陣は光を放ち、それは天へと登って四散していった。小さな光の粒が雪のようにゆっくりと降り注ぐ。

 「よし、お疲れ様でした〜!」

 「正月はやっぱ皆幸せに過ごしてほしいしな。」

 『神応呪陣』とは代理全員で行う大掛かりなおまじないの儀式である。せめてお正月の間は幸せに過ごせますようにと世界全体に向かっておまじないを行うのだ。

 「さて、また願い文のほう頑張らないとな〜・・・」

 「うわ〜きっついな〜・・・」

 「ジュロウ、お前の願い文の3割は私のところに来ているの思うんだが?」

 「そうか?」

 「とりあえずみなさん、一度休憩しませんか?お茶を入れますよ。」

 「わーい、テンさん僕も手伝いまーす!」

 「では、みんな休憩するとするか。」

 代理達はまだまだ続く怒涛の正月を乗り切るために、一時の休息をとるのだった。