ホワイトデー別名レオン苦悩記および先輩娯楽記
「レーオーンー君?ホワイトデーのお返事は出来たのかなぁ?」
「お返事ではくお返しの間違いなのでは?」
真っ白の廊下を歩くのは新人神官のレオンとその先輩。二人は両手に祭具を持ち、宝物庫へ片付けに行く途中である。
「だってバレンタインのとき貰ったんだろう?だったらその返事を―――」
「義理のチョコレートに返事も何もありません。頂いたからお返しをする、それだけでしょう」
「え!?お前あれ義理チョコだって気づいてたの!?」
先輩は驚き一色の顔をして大きく後ずさりした。あやうく手に持っている祭具を落としそうになるが何とか持ち直す。そんな先輩の様子にレオンは半眼で小さく溜息をついた。
「おかしいと思い、調べさせていただきました。そもそも先輩方の様子が尋常ではありませんでしたので、早々に感づいたかと」
「くっ、面白さのあまりつい油断して墓穴を掘るとは・・・っ!」
心の底から悔しそうに拳を握り締める先輩の姿。おもわず二回目の溜息をついてしまった。ああ、これで幸せが二つ逃げたな・・・
「なーんだ、気づいてたのかよレオンの奴」
「というか俺らがはしゃぎすぎてたのかもな・・・」
「つまんねぇの〜」
今は休憩時間。レオンの先輩神官達はお茶をすすりながら談笑していた。いや、談笑というよりも落胆に近いかもしれない。
「まてよ、でもよくよく考えるとけっこう面白い図じゃないか?」
「なんだよラント?面白い図って」
「ほら、あいつが一人バレンタインについて辞書を引いている姿・・・」
「あっ、なるほど」
生真面目な少年が必死にバレンタインについて辞書を引いて調べている姿。なんとも健気というか、いたいけというか、面白い絵である。
「ぷぷっ、面白い」
「ああ〜、いじりたいなちくしょう!俺がその場にいたらほっとかないのに!」
「いやいや、レオンのことだ、これからだって機会は―――」
「私がどうかいたしましたか?」
「「「どわああぁぁぁあああ!!」」」
楽しげに話していた先輩達の後に、ぼうっといつの間にかレオンが立っていた。もちろん目は半眼で、かすかに疑心と慣れと呆れが窺える。ドッキドッキと驚きに早鐘を打つ心臓に手をやりながら、必死に大人の余裕を引き戻す。
「ど、どうしたんだよレオン、いきなり?」
「あっそうだ、休憩時間だろう?ほら一緒に茶でも飲もう!な?」
「さっきシアちゃんが美味しい茶の葉を差し入れてくれたんだよ、だから―――」
「せっかくですが、私は用がございますので遠慮させていただきます」
「そ、そう・・・」
よく見ればレオンは腕に何かの袋を抱えていた。ラベルが丁度隠れていて見えないが、なにやら大事そうに抱えている。
「それで、私の名前が聞こえたような気がしたのですが、何か?」
「い、いや!可愛い後輩の将来が楽しみだな〜って、そんな感じだから気にするな」
「はあ・・・そう、ですか。では、失礼いたします」
「ああ、何の用かは知らんが頑張れよ!レオン」
「はい」
レオンは短く返事をすると部屋を出て行った。そして同時に先輩達は深く深く、肺がからになるまで息を吐き出した。安堵から引っ込んでいた冷や汗まで出てくる。
「びっくりした〜・・・心臓止まるかと思ったよ」
「「右に同じ」」
ドン!
「はあぁ〜・・・」
抱えていた袋を台に置き、レオンもまた深く深く息を吐き出した。先輩達は確かにいい人達なのだ。わからないことはちゃんと教えてくれるし、何かと世話を焼いてくれるし、神官としての実力だってある彼らをレオンが尊敬しているのも事実だ。しかし、あの人をからかっておちょくって楽しむお気楽っぷりは、正直かなり疲れるのだ。
「まったく、私をからかって何が面白いというのだ?それもバレンタインデーからこの一ヶ月、ほぼ毎日同じようなことで・・・」
案の定レオンはバレンタインデーの日から格好の標的にされていたのだ。
「そもそも彼女は、偶然同期で王殿入りした同僚であり、それ以上でもそれ以下でもない。まあ、友達でもあるのか・・・・・・」
レオンはテキパキと細々とし道具を揃え、袖を肘より上までめくる。
「したがって恋仲になるなどけして―――」
ボン!
そんな音が聞こえそうなぐらい、レオンの顔は瞬時に赤一色となった。忙しなく動いていた手が止まり、口が開いたまま塞がらない。
(しまった、忘れようとしていたのに・・・・・・思い出してしまった///)
レオンの脳裏に蘇ったのはバレンタイン直後の自分の姿だった。
まだ日浦奏の故郷である日本のバレンタインの風習を知らなかった自分。バレンタインについて知っている知識と言えば母国イギリスのものだけだった。で、見事に勘違いした。義理チョコなんてものを知らないのだから、無理も無いといえば無理もない。しかし勘違いをしていたときの取り乱しっぷりは恥ずかしいことこの上なかった。本命と思い込んで本気で返事に迷い、こんなこと自体が経験に無いことだったためそれだけで動揺し、あげく、からかってくる先輩方に冷静に対処なんて出来るはずもなかった。
本当に思い出すだけでも恥ずかしい・・・///
「私はこういうことが苦手だ・・・・・・///」
まだ赤らんでいる頬を両手で叱咤し、目の前の台に向き直る。
「早く終わらせてしまおう///」
先程持ってきた袋の口を開けると、白い粉がかすかに舞った。
「これって・・・?」
「ホワイトデーのお返しという奴だ。自分で言っていただろう?」
「うん、でも本当に貰えると思ってなくて・・・ありがとう」
奏はレオンから小さな袋の包みを受け取る。袋自体は簡素だが、口を止めるために巻かれたリボンはレース状になっていて可愛い。
「開けていい?」
「ああ」
可愛らしいリボンをとくと、一口サイズの丸いクッキーがのぞいた。型で抜かれたものではない、ちゃんと一つ一つ手で丸められたクッキー達だ。数枚だけチョコチップ入りのものも入っている。
「わぁ!これって手作り?すごい!・・・・・・うん、おいしい」
「そうか、よかった」
幸せそうにクッキーを頬張る奏に、レオンもホッとした様子で微笑んだ。そして奏は二枚目のクッキーを口に運びかけ、そこでちらりとレオンの顔を見た。何かを考えているのか、じぃーっと見てくる。
「どうかしたのか?」
「いや、えっとね、本当に器用で何でも出来るんだなぁって、ちょっと思っただけ」
「ああこれか・・・以前私は父と共に神官をしていたと話しただろう?その時、礼拝に来ていた母子に教わったのだ」
「なるほど、ある意味お母さんの味ってわけね」
再び美味しそうにクッキーを頬張る。
この幸せそうな顔を見たことだし、とりあえずよしとしよう。そう思ってレオンは自分の持ち場に戻ろうとした瞬間である。完璧に油断していた。
ドシン!
突然背後から衝撃と共に何かがのしかかってきた。いや、このパターンから大体は想像がつく。
「やあ奏ちゃん、俺からのお返し!バレンタインのチョコ美味しかったよぉ!」
「おいおい、いきなり背後から飛びついちゃあ、流石のレオンもびっくりするだろ」
倒れそうになる体を必死に支え、上げようとした頭を腕で押さえつけられる。予想が的中した。聞き覚えのある先輩の声が二つ、上から降ってくる。
「ほい、俺からも日浦に」
「あ、ありがとうございます!」
目の前では奏が小さな袋包みを二つ受け取って嬉しそうに微笑んでいた。いったいこの二人はいつからタイミングを計っていたのだろう?というかそろそろどけてくれないだろうか・・・
「おっ、レオンは律儀に手作りのクッキーか?相変わらず器用だな」
「いいなぁ、奏ちゃん・・・あ、レオン!俺ココアクッキーがいいなぁ?」
「俺はくるみ入りのやつがいいな」
結局今回はそっちに持っていくのか・・・
「レオン?どした?」
除きこんでくる先輩の顔を合図に、体中の力を集めてガバッと勢いよく起き上がった。
「私のことはかまわないで、さっさと仕事に戻って下さい!ラント殿!アルド殿!」
レオンの心からの叫びが静かな王殿に響き渡った。