8、プロローグの終焉

 

 家に付く頃には日は大きく傾き夕焼けが空を覆いつくす。冷たい風も吹き出した。

 「兄ちゃん、どうしたのその傷!?

 帰ってきて一番にその声を聞いた。妹のサラが心配と半分野次馬心で走りよってきた。

 「や、ちょっとね・・・大丈夫、鬼ヶ婆のところに行って薬貰ってきたから。」

 「ちょっとって何々?あ、ピロロは大丈夫だった?怪我してない?とにかく家入ろう!」

 サラは答える暇を与えないでさっさとピロロを抱えて家へ入ってしまった。その後をカインはゆっくり歩いていった。

 「おかえり、カイン!」

 「母さん・・・ただいま。」

 扉を開ける寸前先に扉は開かれ、緑の瞳に金髪の女性が笑顔を覗かせた。ちょっと癖の入った髪がカインと似ている、割と若い母親だ。

 「まったく、早く入りな。どこ行ってたんだか知らないけど、怪我までしちゃってさ〜。」

 「いだだだ・・・!」

 ニッコリ穏やかに笑った表情でカインの傷ついた頬をつまんで家の中へと入っていった。

 

 置くのキッチンの方で夕食の準備をする音が聞こえる。いい匂いもしだした。

 居間のソファーで鬼ヶ婆に貰った傷薬を脇腹の傷に塗る。

 「いっつ〜・・・」

 1日で治るとあってさすがにかなり沁み、顔をしかめる。そしてゆっくり横目で隣を見やった。隣ではピロロがキュウキュウと鳴いている。

 「ほらピロロジッとしてて、今薬塗ってあげるからね〜。」

 「キュキューイ!」

 サラが手厚くピロロを手当てしていた。大したものでもないのだが、擦り傷などに塗り薬を塗っていく。ピロロは毛に薬がまとわり付くのが嫌なのか抵抗している。

 「はぁ、ほらサラもピロロ嫌がってるよ、加減ってもんがあるでしょ?・・・傷ついて帰ってきたお兄ちゃんほったらかしで、ピロロには手厚すぎて困る手当てね〜・・・」

 「ピロロ〜嫌だったら兄ちゃんに着いてくこと無いんだからね〜。」

 聞こえちゃいないとでも言うようにピロロを抱え上げて、クルクル回る。

 「おお、カイン帰ってたのか・・・」

 突然低い声が聞こえて顔を上げると、深緑の髪に鮮やかな緑の瞳の男が立っていた。

 「うん・・・あの、父さん後で話すことがあるんだけど・・・」

 真剣な視線で話す息子に、頭をグリグリと撫でて言う。

 「わかった、じゃあ夕飯が終わったらゆっくり聞いてやろう。お前のことだから突拍子も無いことを言いかねんからな、覚悟しておこうか。さあ母さんのうまい飯が出来るぞ。」

 そう言うとカインの肩をポンと叩いてテーブルの方へ向かった。

 「ホント皆して人のこと理解しすぎなんだよ・・・」

 そっと撫でられた頭に手を添えた。

 

 いつもの食卓、いつもの他愛の無い会話、いつもの顔。旅立ち前の食事はなんとなくいつもより早く感じた。

 「あーおいしかった〜、ご馳走様〜!」

 サラは満足そうにお腹をさする。カインはその様子をやれやれと見た。

 「カイン、話・・・あるんだろ?」

 ふいに父が夕食前の約束を持ち出した。

 「うん・・・一応大事な、ね。」

 どこかいつもの違うカインの表情にサラも母も不思議そうに首をかしげる。

 「昨日ゴリオンの騒ぎがあったでしょ?あれは、セントアニマルって奴の影響らしくてさ。オレ今日それを確かめにゴリオンの山に行ったんだ・・・」

 「あ、じゃあそれで兄ちゃん傷だらけで帰ってきたの!?

 身を乗り出して訊いてくるサラにカインは「まあね」と一言なだめるように言った。

 「それで会ったんだ、そのセントアニマルに・・・神々しくて魔力に満ちてて、とにかくすごかった。」

 両親は静かにカインの話に耳を傾けている。ピロロがカインの膝の上に乗り、顔を見上げる。そのピロロの頭を優しく撫でた。

 「でも、そのセントアニマルは一つの場所に留まってなくて・・・すぐ次のところに行っちゃった・・・」

 それから短い沈黙が流れる。カインは一度目を伏せ、再び真っ直ぐ目を向けた。

 「オレ行くよ、セントアニマルを追う!」

 「兄ちゃん・・・」

 サラは驚きと心配でカインの服の袖をキュッと握り、緑の瞳を向ける。カインは安心させるようにポンとサラの頭に手を乗せ、笑ってみせた。

 また少しの沈黙が流れ、その沈黙は一つのため息で終わる。

 「ハァ・・・そっかー、頑張れよ!」

 「行ってらっしゃい!」

 意外なほど驚きも無い、両親の明るい言葉。

 「ちょっと、息子が旅立ちの決意表してんのにそれだけ〜?」

 本日二度目のリアクション裏切りについ抗議の声を漏らした。

 「ん〜それだけって、7年前6つの息子を遠い修行の地にやった母よ、もう心配なんて慣れてるわ。」

 ニッコリ微笑む母。

 「ああ、むしろ帰ってきて2年間じっとしていたのが不思議なくらいだな、お前にしては。・・・本当は旅立つ理由が欲しかったんじゃないのか?」

 「・・・・・・!」

 確信を突かれたようだった。どうしてこうも理解しすぎている人たちばかりなのか。

実際そうだったのかもしれないと思えた。修行を終え村に帰って2年、正直言ってちょっと物足りなかったような気がする。別にのどかが嫌とか平和はつまらないとかじゃなくて、ただ友と修行していた頃は毎日驚きや発見でワクワクしてて、外の世界に出てから外の広さや面白さを知った。だがハッキリとした旅立ちの理由が欲しかった、堂々と世界を回れる目的が欲しかったんだと思う。

 「本当に父さんはオレのこと解りすぎだな〜、自分でもそう思えちゃったよ。」

 「えっへん、当たり前だ!出発は明日か?まあ気をつけて行って来い。これでもちゃんとお前の力は理解しているつもりだ、お前の強さも。」

 「父さん・・・ごめんね、この気持ちを抑えたら後悔しそうだから。」

 「そんな顔してる。それでカイン、小人シェットは準備したの?忘れ物には注意するのよ。」

 「大丈夫、任せて。容量も大きいものにしといたから。」

 ひょいと小さな小瓶を取り出して見せた。

これはこの世界特有のアイテムの一つで「小人シェット」といい、特殊な魔石を砕いて加工したものである。これに物をかざすと、魔石の効力で瞬時にサイズが約10万分の1になり、中に吸い込んで収納する。ちなみに中も魔石の効力で無重力である。

 「おお、そうだカイン!」

 「何、父さん?」

 すっかり忘れていたとポンと手を叩くと、手の甲を口の横に寄せて言った。

 「囚われの姫がいたら絶対助けるんだぞ、きっと美人だ。」

 「何おとぎ話の王道言ってんのさ!そりゃ助けるお姫様は可愛いに越したこと無いけど、そんなベタベタな展開さ〜、おとぎ話じゃあるまいし無いって。」

 「そうか、残念だ・・・。」

 旅立ち前の他愛の無い会話、他愛の無い冗談、他愛の無い笑い。旅先でもこんな光景に出会えるかもしれないと思うとドキドキした。そして少し惜しいように感じた。

 「兄ちゃん・・・」

 「サラ・・・大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。けど、またしばらくお別れだね。寂しい?」

 「な、そ、そんなこと無いもん!あたしだってもう慣れちゃったんだから。兄ちゃんが帰ってくる頃にはあたしだって母さんみたいな立派な魔女になってるんだからね!覚悟しときなよ!それよりピロロと離れちゃう方が寂しいの〜。」

 ギュ〜ッとピロロを抱きしめる。ピロロはだまって抱きしめられ、キューイと一声鳴いた。

 「そっか、じゃあ期待して待ってようか、サラ。」

 「うん、行ってらっしゃい兄ちゃん・・・」

 

 翌朝早く、カインとピロロは旅立っていった。

 好奇心から始まった長い旅へ。

 

 「鬼ヶ婆はまずカンド村に行ってそこの村長に会えって言ってたよね?」

 「キュキューイ!」

 「よし、じゃあまずはカンド村へ行こう!」

 

 

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