7、重大発表と餞別
「くぅ〜、よしっ!」
大きく伸びをして気を引き締める。
かなり不機嫌に去っていった守護者の少年を見送った後、軽い傷の処置をしていた。あいにく回復魔法は持っていないので痛みを我慢して頬の血を布で拭う。
「あれ、そういえばピロロは・・・?」
ふと自分と共にここへ来たはずの友を捜してみる。思えば守護者との戦いのときあたりから見かけていない、いったい何時の間に何処へ行ったのか・・・
「ピロロー!どこー?」
キョロキョロと辺りを見回してみるがなかなか見つからない。付近の森の方に入ってみる。
「ピロロー?」
「キュキューイ!」
「・・・!」
高い鳴き声が耳に入った。その方向へ長い草を掻き分けて行ってみると捜していた黄色い毛並みの小柄な動物がいた。横たわる巨大モンスターの腕の下敷きになって・・・
「ピ、ピロロどうしたの、なんでゴリオンの腕の下敷きに!?」
「キュ〜イ・・・」
慌てて重たい腕をどける。ピロロは息を切らせて這い出てきた。ホッと安心して優しくピロロの頭を撫でる。
「大丈夫?まったくなんで・・・」
「キュキュ、キュキューイキューイキュイー」
「えっと、オレが守護者と戦ってるときゴリオンが近づいて来たのに気づいて、邪魔させないように戦っていたところ、なにか光ったかと思うと急にゴリオンが倒れてきてあえなく腕の下敷きに・・・」
「キュキューイ!」
ピロロは嬉しそうに歓声を上げた、見事に言いたいことが伝わったらしい。フウと息を吐いてまたピロロの頭を撫でた。
「ありがとうね、ピロロ。よく頑張った!けどちょっとびっくりしたよ・・・」
視線を倒れたゴリオンへ向けてる。大した大怪我など無く、仰向けになって文字通り硬直した状態で倒れている。まるで一瞬で強い衝撃を受けたように。
「セントアニマルの強い魔力に当てられたのかな・・・?ピロロは聖獣だったから大丈夫だったということか。でもモンスターにこれだけの影響を及ぼすとは・・・」
動きそうもないことを確認してそっとゴリオンの左胸に耳を押し当ててみる。ドクンドクンと規則正しい音が聞こえてくる、ということは命に別状は無さそうだ。目も口も開いたままで、苦しんだ様子も無い。
「すごいな、セントアニマル・・・」
「キュイ?」
ピロロが不思議そうに足元に寄り添ってきた。カインは笑って言う。
「帰ろっか、ピロロ。」
村はずれの小さな屋敷、壁にはったツタが不気味さを増加させる。太陽は西に傾き、その光は居間を明るく照らす。
「それで、こんな早く帰ってきたってことかい・・・」
低い年老いた声。しかしハキハキとした克舌の二等身の老婆が足を組んで椅子を揺らす。
「うん、まあね。目的のものは見れたわけだし、あれ以上先へ行ってもそれ以上のものを見れるとは思わなかったから。」
かなり年季のはいったソファーに座ったカインは大方をサラッと説明した。鬼ヶ婆はタバコをふかしながらすり鉢でいろいろな葉を擂る。
ゴリオンからピロロを救出した後すぐ、カイン達は下山して真っ直ぐこの鬼ヶ婆の屋敷へ向かった。
「なるほど、まさか本当にセントアニマルがいるなんてね・・・」
それほど驚かない口調で淡々と話す。
「驚いてないね?」
「あたしにとっちゃそんなもん居ようが居まいがどうでもいいことさ。しかし守護者付きとはそりゃ大そうなもんだね・・・それもお前をそこまでする実力者。」
鬼ヶ婆は今まで擂っていたものを集め、袋包みにするとカインの方へポイと放り投げた。
「ありがと鬼ヶば・・・あ、ば、婆様。」
鬼ヶ婆が目を光らせていた。婆様と呼ばなければまた顎バットが飛んでくる、記憶が早く呼び起こされてよかったと心底思った。
カインは袋包みを紐解くと傷のある頬に塗った。
「相手は魔法使いか・・・」
「うん、それも魔源気の読めるやつだったよ。」
「ほう、じゃあお前のも?」
「まあね。けど上の方だけだったよ、もちろん。痛たた・・・」
「お前ほどの使い手が満身創痍とは・・・どうだ、あたしの薬は効きそうか?」
(効かないなんて言ったらバットが飛ぶくせに・・・)
淡々と会話を繰り返す。ピロロはそれをカインの横で大人しく聞いていた。
「で、セントアニマルは・・・?」
鬼ヶ婆の目が確信を突いたようにカインを見た。カインも了承していたようにゆっくり話しだした。
「すごかったよ、綺麗で品があって魔力なんて威圧を感じそうなほど溢れてた。それで大きな目を持っててさ・・・」
「ほう・・・」
「それが俺の方向いてジッと見てくるんだよね、時々揺れてるようさえ見えて・・・」
「なるほど・・・」
「で、最後に飛び去ったあとこんなの残してってね。」
ポケットから金色の羽根を一枚取り出して見せる。窓から射す太陽の光にかざすとキラキラ光って見えた。
「オレ行くよ、セントアニマルを追う。」
力強い決意の色を帯びる翡翠の瞳。声はあくまで平坦である。
「そうかい、せいぜい死なない程度に頑張りな。」
そして返ってきた言葉も単調一色だった。
「な、それだけ?これでも結構重大発言だと思ったのに。」
つまらないとガッカリした素振りをするカインに、鬼ヶ婆は包みを指差して続ける。
「餞別ならやっただろう、ほれ。袋の一番下に入っている湿布、わき腹の傷くらい1日で治るよ。むしろ半分それが目的でここへ来たんだろう?」
ゴソゴソと袋を探ってみると大きめで緑の湿布らしきものが現れた。
「ありがとう、婆様。」
「ちゃんと言えるじゃねえかい・・・しかし決断が早いね、そんなに魅せられたのか?」
カインは少し考え込むような素振りをして答える。
「ん〜わかんない。この気持ちをどうやって伝えればいいか・・・。もともとオレ自身好奇心が人一倍だってのは自覚してる、けど今回のはちょっと違うような気もするしね。何て言うのかな、好奇心が止まらない感じ?とにかく今は、この今の自分の好奇心に従わないと後悔しそうな気がするんだ。」
「ふん、ガキが一丁前に・・・」
「ガキでけっこうだよ、そんなガキでも旅の中で自分の身くらい守れる。」
鬼ヶ婆は「そうかい」と小さく呟くと、再び薬の材料を擂り始めた。それを見てカインも外していたマントを肩に掛け、玄関に向かう。
と、足を止めた。
「出発は明日の朝にしようと思う。」
「ふん、勝手にしな・・・・・・ついでに、旅先でもしあの生意気なガキに会ったらよろしく言っといで。」
お互い背を向けたまま会話をする。ピロロがカインの足元に寄り添って見上げる。
「旅か・・・オレはあいつより二年遅れになるのかな?旅立ち。旅先で会えたらね〜、確かにありえることだし了解したよ、偶然でも祈ってて。」
「気が向いたらそうしよう・・・まあ気をつけて行っといで。」
もう一度視線だけ振り返り、再び歩を進めて扉に手をかける。
「うん、行ってきます!」
一言そう言って出て行った。後には薬の葉を擂るゴリゴリという音だけが残った。
「旅先で・・・・・・」
ドアを後ろ手に森を見渡し、空を仰ぐ。
「・・・だったらいいな。」
一人呟いて笑った。