8、変身・ピロル
「―――と、いうわけで村長、彼女は借りていきますね。」
人差し指を立て、にっこりとした笑顔で肯定を固める。
「し、しかしですなぁ・・・」
「だーいじょうぶ、彼女の力量なら平気でしょう。それにいざとなったら僕だっていますし、ピロロだって、ねぇ?」
足元にいたピロロを抱き上げて「ほら」言うように村長に向ける。ピロロもまた力強く頷いた。
それでもしぶる村長にカインは一つ咳払いをして続ける。
「村長、僕はまだ13とはいえ、これでもいくつか死線は越えてきました。戦場に立つ者を見る目くらいある程度持ってます。自分の力や見る目を過信しすぎているわけではありませんが、あなたの言うあの方にだって認められた腕ですよ、それだけでも信じてくれたっていいですよね。僕の力量つまり実力を信じるということは、その僕が認めた者の力を信じるのと同じ事。違いますか?納得しましたね?ということは彼女もあなたに認められたということ、ならば『聖羅の森』に行ってもいいという条件が出揃いました。もともとノルマを達成していたわけですし、何も問題無いですよね?ねぇ、村長?」
ちゃんと聞き取れるくらいの早口、圧巻とも言える弁舌。笑顔で詰め寄るカインに流石の村長も目を泳がせ、口をパクパクさせて言葉に詰まっている。
「まだ他にありますか?」
「あ、えっと・・・う、う〜む・・・」
「会長・・・」
ティクがカインの傍らに立ち、熱心な眼差しで村長を見る。その視線を受けて困った顔をしながらも、しぶしぶ次の言葉を紡いだ。
「・・・・・・わかりました。」
村長のその一言でティクの表情は一気に満面の笑みに変わった。何度もバンザイをして飛び跳ねる。
「わぁ、ありがとう!あたし頑張ってくるね、会長!」
嬉しそうにはしゃぐティクを横目に大きな溜息を吐く村長。カインはそんな村長に寄り添い、耳打ちするように呟いた。
「どうも。大丈夫、彼女はあなたが思っているよりもずっとたくましいですよ。心配しなくてもいざとなったら僕が何とかします。」
ゆっくり下げていた顔を上げカインの方を見ると、また笑いかけていた。そして村長はふと疑問を問いかける。
「カイン君、君は何故あの子にそこまでするのですか?」
カインは一瞬その質問の答えに詰まった。しかしすぐ、誤魔化すように微笑んで返した。
「さあ、どうしてでしょうね・・・」
地下の書庫のさらに奥、ランプを片手に狭い廊下を真っ直ぐ進んだところにその扉はあった。廊下の枠いっぱいの大きさ、全体的に不思議な模様が描かれている。
「少し待っていて下さい。」
村長はそう言うと手帳のようなものを開いて、扉の模様に向かった。
(これが森に通じている扉・・・今度もセントアニマルに会えますように)
カインは扉を前に期待のワクワクと少しの緊張を感じていた。
クイクイッ!
不意に服の袖を引っ張られ、そちらを向く。すると黒い大きな瞳と目が合った。
「ありがと・・・」
ティクは一生懸命手帳とにらめっこしている村長の邪魔にならないよう、小さめの声でカインにお礼を言った。表情からこちらにも、自分と同じワクワク感と少しの緊張が伝わってくる。
「どういたしまして・・・」
少しだけ、その言葉に迷った。先ほどの村長の質問のときと同じ。
『君は何故あの子にそこまでするのですか?』
それは、ただ・・・・・・
「カイン君、ちょっといいですか?」
「えっ、あ、はい・・・」
突然思考の中から引き戻され声が上ずる。村長は不思議そうに首をかしげた後、視線をピロロの方にやった。
「少々言いにくいのですが・・・ずっと昔この森の守り神ともいうべき動物『セトア』と村の人間は契約を交わしました。セトアは『この扉から入った人間は襲わない、門番が許したものと認識する。だから我がこの森より出たとしても敵としないでほしい。この条件をのむなら森のそばに村を置くことを許そう。』そう言ったそうです。」
「それがどうかしたんですか?」
「あくまで扉から入った『人間』を襲わないとはいいました。しかし外から入ってくる人間以外のものを襲わないとは言ってません。もともとこの森の厳重さはかなりのもの、契約を交わしていない別の生き物の姿が見つかれば・・・確実に牙を向きましょう。」
重くなった村長の声に沈黙が流れる。
ピロロは首をかしげ、自分を見つめる村長と何か考え込む仕草をするカインを交互に見る。ティクもまたその意味に気づき、驚きの表情をピロロに向けていた。
「ですから、ピロロ君を連れて行くことは・・・」
「要するに別の獣の姿じゃなければいいんですよね?」
カインの軽い一言に村長とティクのキョトン顔が集中する。カインはピロロに向き直ると「ね?」と笑ってみせる。
「キュキューイ!」
ピロロもカインの意志を読み取って大きく頷いた。
「まあ、見ててください。・・・ピロロ!」
「キュイ!」
ボウン!
辺りに白い煙が立ち、またすぐに晴れる。そして晴れた煙の中から先ほどのピロロではない姿が現れた。
「え、ピロロ・・・君?」
「う〜ん、正確に言えば今は『ピロロ』ではなく『ピロル』ですね。」
驚きに目を丸くする村長に冷静な訂正をほどこすカイン。隣でティクも目をパチクリさせている。そして皆視線は一点に集中していた。
すっかり晴れた煙にその姿の全貌が明らかになる。一番目立つのは赤くて大きい二股のトンガリ帽子、そして同じ色の首に巻かれたスカーフ、次に綺麗な金髪と同系色のオレンジ掛かった金の目。服装は淡い黄色を基調とした、どこか民族衣装のようで神聖さも感じさせるつくりで、裾の方はオレンジの縁取りが施されている。そしてスラリと垂れる髪と同じ色の尻尾。
そこに立っていたのはピロロの姿ではなく10歳頃の可愛らしい少年だった。顔立ちもどこか女の子のようである。
「この姿では初めまして、ピロルです。どうぞよろしくお願いします。」
律儀にお辞儀までする。今だ村長もティクも目を丸くしたままだ。
ピロルはカインに苦笑いに近い困ったような顔を向ける。カインは優しくピロルの頭を撫で、安心させるように笑った。
聖獣は獣と人間の両方の姿を持つ。それは大昔、先祖に当たる初めの聖獣が人間との差別の中、人々の輪に入ろうと無理やり進化したことにより身についた習性。今は差別などほとんど無くなりはしたが、それでもまだ一部では受け入れられていなく、変身時は耳を隠す大きな帽子が付いてくる。
ピロルにとっても人間になるのはちょっとした勇気が必要だった。動物から人間になるのは変身魔法でもありえない聖獣だけの特性、知っている者も多い方ではない。だから見る人にとっては奇怪な光景に見えるかもしれないからだ。
「すっごい!」
「へ?」
ピロルの顔を俯かせようとしたとき、突如大きな声が通路に響いた。
「すっごい、すっごい!すごいよピロロ!」
「ティ、ティクさん・・・?」
ティクはピロルの手を掴むように握ると、ブンブンと振って興奮の声で続ける。
「すっごいよ、動物から人間になるなんて!なんか神秘的っていうか、かっこいいよ!・・・あ、でも姿は可愛いよ!」
今度はピロルの方がキョトンとする番になった。ティクは目を輝かせ、満面の笑みでピロルに語る。
「あたし、こんなの初めて見ちゃった!すごい、冒険前に感激だよ〜!これから出発でワクワクしてるのに、なおさらテンション上がってきちゃった。ピロロのおかげ・・・あ、ピロロじゃなくてピロルだっけ?アハハ!」
「・・・・・・エヘヘ、ありがとうございます///」
ピロルも照れくさそうに笑った。嬉しいのだろう、そんな気がひしひしと伝わってくる。
「なるほど、確かにこの姿なら大丈夫そうですね。」
「でしょう?村長。こっちの姿でもよろしくお願いしますね。」
村長は今度は頷くかわりに笑って返すと、扉のほうへ歩いていった。
「よかったね、ピロル。」
「ハイ!」
嬉しそうに笑顔を向けるピロルにカインの顔も緩んだ。
「では、扉を開きますよ!」
重たく響く音、微かな隙間から漏れる光。ゆっくりとその扉は開かれた。
「じゃ、気を引き締めて行きますかぁ!」
「おう!」
「ハイ!」
カイン、ティク、ピロルの三人は光をくぐり、『聖羅の森』へと足を踏み入れた。