7、差し出した手

 

 「森に・・・異変?」

 「はい、そうです。微量なりとセントアニマルの力を受け、何らかによりその力を増幅させている・・・私はそう考えます。まだその正体はわかりませんが・・・」

 再び沈黙が流れた。皆おのおの考え込むように表情を固くする。

 「聖羅の森に、異変・・・」

 聞こえるか聞こえないかの小さな声でティクが呟く。カインが何となく気づいて見やるが、ティクは顔を俯かせていたので表情はよくわからない。

 「そこでカイン君。」

 「えっ、あ、はい!」

 突然名前を呼ばれ驚きながらも振り返る。村長の顔は真剣そのものだった。

 「君に頼みたいのです。どうか森の異変を突き止めてくれませんか?」

 「え・・・?」

 改まった素振りで頼み込んでくる村長。

 「君の力は伺っております、あの方が認める実力なら私も信じましょう。初めはただ君の行動に手を貸してやってほしいとのことでした。私もあの方の頼みとあってはそうしようと思っていました、しかし今は違います。」

 村長はギュッとカインの手を握って、真っ直ぐに視線を向ける。

 「今は私からお願いします。森の異変を突き止めて下さい!」

 「村長・・・」

 本当になんであの子といい、この村の人はこんなに真っ直ぐな目をするんだろう・・・

 カインはそっと村長の手を解き、その上に自分の手を置くと笑って返した。

 「村長、僕はもとから森に行くつもりでした。だからそんなに頼まれずとも何とかして行っていたと思います。任せて下さい、異変何とかしてきますよ。」

 「おお、ありがとうございます!」

 村長は嬉しそうに何度も礼をした。

 カインは言ったとおり、たまたま自分の好奇心の先が村長の依頼と交差していただけであって、なんとなく申し訳ないような気もしていた。

 「よっし!じゃあ、あたしも行くよ!当っ然ね!」

 話を聞いていたティクもやる気満々といった様子で身を乗り出す。

 「だって、あたしの目指していた聖羅の森で異変が起きてるんでしょ?これはもう行くっきゃないよね!」

 「駄目です!」

 「―――っえ!」

 すかさず村長の声が飛んだ。ティクもその声に驚き戸惑う。

 「何で?だって、あたしノルマ達成したじゃん!なのにまた駄目なの!」

 「当然です、今回はまた別の話ですよ。危険だって比べ物にならないでしょう、だから駄目なのです。ティクも女の子なんですから―――」

 「またじゃん!」

 淡々と話す村長の言葉を遮って、ティクの声が狭い部屋に響く。

 顔を俯かせ、微かに肩を震わせながら叫ぶように続けた。

 「何でいっつも、いっつも・・・いつも、あたしを男の子みたいだとか男の子に引けを取らないとか言ってるくせに!どうしてこういうときだけ女の子扱いなわけ?結局は信用してないんじゃん、あたしの力。女の子だから?でもあたしはいっぱい修行して強くなったよ?それでも駄目なの?」

 口調がだんだん小さくなっていく。表情は俯いているためによくわからないが、ぎゅっと口を引き結んでいるのはわかった。カインはただ少女の言葉を聞いていた。

 ここに来るとき言っていたのはこのことだったのか・・・

 「ティク・・・ですから―――」

 「会長があたしのこと心配してくれてるのはわかってる!本当は、最初から行かせる気無かったんでしょ?あたし心配してくれるの本当は嬉しいよ、でも、あたしは・・・」

 「ティク!わかっているなら―――」

 「あたしはそんなに弱くない!」

 ティクはダッと駆け出した。そしてすぐ、激しく扉の閉まる音が聞こえた。

 「ティク・・・」

 村長は出て行ったティクの後姿を目で追ったまま、手で顔を覆って深いため息をつく。

 黙って一部始終を見ていたカインは扉に目をやり、再度村長に視線を向けた。

 「村長・・・あの子の力、知ってますか?」

 「知っていますとも・・・しかし所詮的にナイフを射る修行です、それを極めても・・・」

 「・・・そうかなぁ・・・」

 村長がカインの一言に疑問符を浮かべると同時に、カインは「ちょっと外の空気吸ってきます」と書斎をあとにした。ピロロも一声鳴いてからカインに着いていった。

 

 書斎の入り口となる階段を上りきると、窓から入ってきた気持ちのいい風を頬に受けた。

 その風が入ってきた大きな窓に目をやると、目的の人物はすぐに見つかった。

 「発見・・・」

 開け放たれた窓はベランダへと続いていて、壁にもたれかかっている様子が見える。

 カインはゆっくりとした足取りで近づく。

 「なにやってんのかな?」

 「・・・・・・」

 隣に立ってみる。顔を俯かせ、表情はさっきと同じで硬く、押し黙ったままだ。手はぐっと拳を握っていた。

 「ごめん・・・迷惑かけちゃった。」

 「いいよ・・・」

 そのうちティクはズルズルと壁に背を当てたまま座り込む。

 いつもの明るいオーラを感じさせない少女に目をやり、一つ息を吐くと言葉を紡いだ。

 「君・・・モンスターと戦ったの今回が初めてじゃないでしょ?」

 「・・・っ!」

 ティクはハッと顔を上げた。目を見開き、カインの顔を見る。

 「『どうして』って顔してる。・・・さっきの戦い見てればわかったよ。」

 「・・・そうなんだ・・・」

 「うん、初めてだったらあんな勘のいい動きしないよね?」

 再び気持のいい風が流れる。二人の前髪を揺らし、いつの間にか隣にいるピロロの毛もなびいている。短い沈黙の後、ティクが口を開いた。

 「会長には内緒でね、あたし聖羅の森ギリギリのところまで行ったことあるの。もちろん森の周りは何か結界みたいのが張ってたけど、普通の森よりはモンスターに会う確率は高いかなって・・・」

 「わざわざモンスターを求めて?」

 「うん、丁度あたしが普通の修行に飽きてた頃で、モンスターの一匹くらいならいい修行相手になるかと思ってわざと行った。そしたら、思ったとおりモンスターに会って・・・」

 「会って・・・?」

 「戦ったよ、でも相手も強くてなかなかうまくいかなくて、でもくやしいから何度も立ち上がって向かっていったら・・・」

 「いったら・・・?」

 相槌を挟んで彼女の言葉に耳を傾ける。少しずつ声のトーンが戻ってきているようだ、顔も正面を見据えている。

 「今じゃ月一回の修行相手として受け入れられちゃった。」

 「・・・・・・はい?」

 耳を疑った。静かな口調と合わない、その突拍子も無い発言に。

 ・・・モンスターと師弟関係?いったいどんなモンスター?

 「プククッ・・・!」

 「ん?」

 「アハハハ!」

 「なっ、何で笑うの?笑うとこじゃないでしょー!」

 「アッハハハ、ごめんごめん別に疑ってるわけじゃないけど、君って思った以上に大物だなって、思って・・・アハハ!」

 「どういう意味〜?」

 笑うカインにふくれるティク。ふくれた表情は以前見たものと同じものだった。カインはそれを見て少しホッとする。

 ひとしきり笑った後、呼吸を整えて話を切り出した。

 「ねぇ、じゃあ今回のモンスターはあの後君ならどうした?」

 「あの後?う〜ん、そうだな〜・・・ちょっとでもナイフで止められることはわかったし、次はフェイント使ってもう一度ツルを止めてその隙に本体を叩く。」

 「なるほど。」

 感心というふうに大きく頷くと、しゃがんでいるティクの目の前に立つ。

 「なら、大丈夫だね。じゃあ、行こうかその聖羅の森へ。」

 カインはスッと手を差し出した。ティクはその手を戸惑いの目で見る。

 「え?で、でも森の入り口は会長の屋敷の一つだけで、そこも会長の許可が無かったら駄目だから、あたし許可なんて・・・それに、それじゃまるで―――」

 まるで自分は連れて行ってもらうようじゃないか・・・

 自分の力で聖羅の森に入ろうと目指してきた、たとえ最初から駄目だったとしても・・・

「オレは君を連れてってあげるんじゃない。オレは君に冒険の同行を求めてんの。」

 「・・・え?」

 カインの言葉に目を丸くする。そんなティクの顔を見てカインは笑って続けた。

「ま、オレの手に掛かれば問題ないかもしれないけど、規模も規模、手間が手間だからね。手貸してくれる仲間が欲しくて・・・。」

 目は丸くしたままだが、数回まばたきをして真っ直ぐにカインの顔を見つめる。やっと理解できてきた。

 「あ、村長ならオレに任せて。話術はオレの十八番だから。」

 この少年は自分を仲間として勧誘してくれている。自分の力を求めてくれている。

 昨日会ったばっかりで、だけどあたしの力をちゃんと見てくれて、手を差し出して・・・

 「一緒に行ってくれる?」

 再度確認の問いかけ。だがカインには答えは予想がついていた。

 「もっちろん!任せてよ!」

 ティクは満面の笑みでカインの手を握った。手を組んだという握手のようにしっかりと。

 「よし、決まりだね!」

 「キューイ!」

 ピロロも二人の手の上に自分の前足を乗せ、嬉しそうに鳴いた。

 今回の冒険は一筋縄ではいきそうにない、だがそれもそれで面白そうに思えた。

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