9、次の地へ
金色の羽根が一枚、舞い降りた。
「羽・・・セントアニマル!」
カインは視線をそのままに、魔玉を一つ乱暴に取り出して一息に詠唱しきる。
「地の第五魔法そびえる大地の巨塔グラウンドロック!」
魔玉の閃光と共に足元の地面が盛り上がり、カインを空へ押し上げた。周りの木々を追い越したところで突き上げる石塔の勢いに乗り、自身も高く跳躍する。上昇途中で羽根を掴み取り、岩山の頂を振り返った。そこで神々しく放たれている光に目を凝らす。
未だに残る光の軌跡も、羽音が聞こえてきそうな程大きな翼も、全てが神々しく、遠く離れたここまで威圧感が伝わってくるようだ。間違いない、あれはセントアニマル。ゴリオンの山で出会った伝説の存在。
「また、会えた・・・」
手の中で光を放ち続ける羽根を握り締め、消えそうな声で呟く。本当はもう少し近くで見たかったが、そんな思いすら忘れそうなほど、遠くのセントアニマルに見入っていた。その所為で石塔への着地が危うくなったが、なんとか体勢を立て直して再び視線を戻した。
「!?・・・いな、い・・・?何処へ!?」
バサリ!
一際大きな羽音が頭上から聞こえた。ハッと目をそちらに向けると、その瞬間、金色の光が視界いっぱいに広がった。
たった一瞬のことだったのかもしれない。しかし何秒も、いや、とても長い時間のことに思えた。見下ろすセントアニマルの瞳が真っ直ぐに自分を見て、一度瞬きした後、再び大きな羽音を鳴らして去っていった。それだけのことがまるでスローモーションのように過ぎていったのだ。
セントアニマルが去った後も、しばらく目を逸らすことが出来なかった。
「カイン様、今のがセントアニマルなんですよね?」
「うん、確かにそうだよ」
石塔から飛び降りると、ピロルが駆け寄ってきてぎゅっとカインの服を掴んだ。そこで、彼も前回の冒険を共にしたとはいえ、実際にセントアニマルとを見たのは初めてだったことを思い出した。自分が感じたいろいろなものを、また同じように感じたのだろう。
「すごいです。まだドキドキしてるんですよ」
と、ピロルは自身の胸に手を当てて、興奮から赤みの増した顔で笑顔を向けた。「そっか」と笑みを返して頭を一撫でする。そして彼の後に目をやった。
「そっちは大丈夫?腰抜かしちゃった?」
ティクはペタリと地面に座り込み、目をしばたたかさせていた。本当に腰を抜かしてしまったらしい。カインはゆっくりと歩み寄り、正面にしゃがんだ。
「セントアニマルの力も相当なものだから、魔気族じゃないティクはただでさえ免疫無いのに直に会っちゃったって、その力に当てられたのかな」
ヒラヒラと目の前で手を振ってみる。するとやっと気が付いたようで、キョロキョロと当たりを見回す。
「あれ、さっきの凄いのは?もうどっか行っちゃったの?」
「そ、君が放心状態になっている間にね。立てる?」
「うん、なんとか平気」
「そっか、よかった。またおぶって帰んなきゃいけないのかと思ったよ」
「先日は悪ぅございましたねぇ」
不貞腐れてそっぽを向きながらも、カインの差し出した手はちゃっかり取っている。矛盾しているようなこの行動も彼女らしいといえば彼女らしい。起き上がったティクはカインのもう片方の手を見つめた。
「それってさっき降ってきた羽だよね。それって他のところにも落ちてるのかな?」
「いや、そんなにいっぱい落ちてたら流石にセントアニマルの存在が知れちゃうから、それは無いと思うけど・・・」
「じゃあさ、それってなんかカインに気づいてもらうために落としたって感じだよね」
何気ないティクの言葉にハッと目を見開いた。もう一度手の中の羽根を見つめる。
(それって・・・オレに何か伝えたかったってこと?ゴリオンの山でじっと見てきたように、今回もオレに視線を向けていたのは偶然じゃないって、こと?確かにこの羽根のおかげでセントアニマルの存在に気が付いたけど・・・だったらオレにいったい何を?)
ぎゅっと羽根を握り締め、カインは顔を上げた。
「やっぱりオレ、セントアニマルを追わなくちゃ」
「へ?」
「よし、そうときまれば早く村長に報告して出発しよう!」
「ええ!?ちょっ、待ってよ!」
足早に来た道を戻り始めたカインを、ティクとピロルは慌てて追いかける。
「カイン様、もう出発するんですか?」
「うん、村長からセントアニマルの出現場所と出現周期を聞いたら、ね」
「・・・そんな、もう」
「ティク?」
「あ、ううん、何でもない!や、何でもなくないっていうか、えっと、あたしっ・・・」
「???」
突然俯いたかと思えば訳の分からないこと言うティクに、カインは首をかしげる。ティク自身も何を言いたいのか分からなくなっているようで、こめかみに手を当ててう〜う〜と唸っている。このままでは埒が空かないので思い切って話を逸らしてみることにした。
「ねえ、ティクはこれからどうするの?一応、目標は達成したよね?」
「あ・・・うん」
聖羅の森へ、中央の岩山へ行ってそこに何があるのか実際に自分の目で確かめる。たとえそこにあったのが誰かの野望の産物であったとしても、実際に自分の目で確かめたことには変わりないのだ。
いつものような明るい声ですぐに答えが返ってくると思ったが、逆に話の突破口を開くどころかまた俯かせてしまった。
「あたしは・・・・・・」
「『あたしは』?」
「やっぱり、また冒険がしたい!もっと強くなって、いろんなものを見たい!」
俯かせていた顔を真っ直ぐ前に向け、はっきりと言ってのけた。まだ包帯の巻かれた両手を握り締め、カインの前に躍り出る。
「だから余裕かましてると、あっというまにあたしに追い抜かれちゃうかもよ!」
「へぇ、やってみなよ。そんな甘い壁じゃないんだから」
「あはは、自信家だね」
さっきまでの様子が嘘だったかのように、またいつもの元気な彼女に戻っていた。明るい笑顔で前を駆けていく。今度はカインがその後を追う番となった。揺れる背中を見ながら、いつもと同じ明るさなのに何故か、カインは違和感を感じていた。
「何か変、だよね?ティク・・・」
「変、ですか?」
「いや、気のせいかもしれないけど」
ころころと表情の変わる彼女だが、どうも今日の変わる様は違うように見える。思い過ごしならそれにこしたことはない。でも本当に違っていたら?
「訊いたところで『大丈夫』『何でもない』って返ってくるんだろうな」
前方を駆ける少女を見つめながら、少しだけ足を速めた。
「おお、もう旅立ってしまうとは!もっとお話を聞きたかった!なんとも寂しいです!」
「村長ってば、そんな泣かないで下さいよ」
「カイン君には危ないところを助けていただいたうえに、森の異変まで解決していただいて、感謝しようがありません!」
「僕も村長にはとても感謝してますよ。これでまたセントアニマルを追えますし、貴重な研究結果を教えていただいて、本当にありがとうございました」
丁度このカンド村に隊商が来ていて、カイン達はその荷車に乗せてもらえることになった。行き先も次の目的地の途中ということで、そこで降ろしてもらう手はずになっている。
すでに荷車の後に乗ったカインは、そこから身を乗り出して村長と別れの言葉を交わしていた。村長は大号泣し、あまりの泣きっぷりに流石のカインもどう宥めていいのか正直困っていた。そんな二人を取り囲むようにして、昨日知り合った村人達が見送りに来ていた。
「カイン君、気をつけて行けよ」
「はい、もちろん」
「兄ちゃんまたこの村に遊びに来いよ」
「そうだね、それまで元気でね」
「カイン君もピロロ君も旅頑張ってね」
「うん、ありがとうアンヌちゃん」
「キューイ!」
村人達は口々に餞別の言葉を述べていき、カインは一人一人に答えていく。小さな村だけあってたった数日滞在しただけなのに、ちょっとした有名人となっていた。何十人とまではいかないがけっこうな人が集まってくれたものだ。素直に感謝しよう。
「本当に残念だわ、もっとお話したかったのに。ティクばっかりずるいな〜」
「あはは、では次の機会までお楽しみということで。こちらこそお世話になりました」
「またのご来店をお待ちしているわ」
村長の隣に立って微笑みを贈るのはティクの母だ。容姿は娘にそっくりなのに、内面はまったく逆のなかなかのやり手である。彼女もまたカイン達の見送りに来てくれていたのだった。
キョロキョロと見送りに来てくれた人々を見回すが、目的の人物の姿がどうも見当たらない。そんなカインに、ティクの母はあっさりと察して声をかける。
「ティクならまだ来てないわよ。すぐ行くとは言っていたけど」
「そう、ですか・・・」
「カイン!!」
突如鈴のような少女の声が響いた。走ってきたのか息を切らして、それでも足を止めずに荷車のもとへやってきた。大きく肩で息をして、何か喋ろうとしているようだが、所々途切れて言葉になっていない。
「ティク、大丈夫?ちょっと、落ち着いて」
「ハアッハアッ、こ、これ・・・っ!」
差し出してきたのはとても小さな包み。開けてみると桃色の花弁の大きな花が二つ、そこに包まれていた。
「打ち身とか、切り傷なんかにもよく利くよ、ハア、ハア・・・時間無くて、これしか集められなかった」
「そのために走って・・・」
「本当は、ちゃんとカインにお礼したかったんだけど。旅立とうとしているのを、あたしが止めるわけにはいかないでしょ?だからちゃんとお礼できなくて悪いんだけど、ありがとう!」
「ティク・・・」
何故彼女がここまで自分に礼をする必要がある?森で話したように礼を言うのはむしろ自分の方だ。なのに何故・・・?
「言ったでしょ?あたしにだってカインに礼を言わなくちゃいけない理由があるって。カインは最初、あたしの力を信じていなかったかもしれない。でも、連れ出してくれたのはカインだよ!それに危ない所だって助けてくれたし、これ、手だってそう・・・あたしが落ち込みかけてたときも、さり気なく励ましてくれたよね」
太陽のみたいな笑顔で語りかけてくる少女を、ただじっと見ていた。目が逸らせなかったのだ、その温かな笑みから。
「そのときカインが何を思っていたのかはわからないけど、あたしはずっと助けられてたんだよ。だから、ありがとうって言うの!」
ニッコリと微笑んだティクは太陽を連想させる。だがそれだけじゃない、何だったろう、何ていう花だっただろう?そうだ、ヒマワリだ。真っ直ぐで、たくましくて、明るくて、元気で時折可憐で、彼女はヒマワリなんだ。
「じゃあ、どういたしまして。相棒さん」
「うん、相棒さん」
見ていると自然に笑みがこぼれてしまう。どうやらこのヒマワリの茎は相当頑丈らしい。見つめるこちらが先に折れてしまったのだから。
「あたしね、もう少し修行して強くなって・・・それでもう一度『聖羅の森』に挑戦してから、それから旅立とうと思うんだ」
「へぇ、オレはてっきりまた『あたしも行きたい』って着いてくるのかと思ってた」
「残念?」
「さあ」
わざとおどけてみせる。内心ほんの少しだけ残念だったのかもしれない。でもそんなこと口が裂けても言わない、むしろ言えない。だから肯定も否定もしないのだ。
「あたしはこれでもずっと葛藤していたんだよ。本当はカイン達の旅に着いていきたいって気持ちすごくあるのに、やっぱりけじめってつけなくちゃいけないじゃん?」
なるほど、今日ずっと違和感を感じていたのはその所為か。そんな葛藤を覚られないようにした彼女の演技だったのだ。自分の意思で決める、今までもずっとそうしてきたのだろう。
「だからあたしがもう少し強くなって、カインと旅先で会うようなことがあったら、また相棒としてよろしくね!ピロロもそれまで元気でね!」
「キューイ!」
「オレも楽しみに待ってるよ、ティク」
ちらりと前を見てみると、御者の人がもうじき準備を終えようとしていた。もう少しでこの村ともお別れだ。旅立って最初の冒険にしてはなかなかのスケールだったと思う。得るものだって多かったし、出会いだってよかったと感じている。名残を惜しんでいる暇なんてもう無いから、せめてもう一つだけやり残したことを・・・
「ティク」
「ん?何、カイン?」
「さっきちゃんとオレにお礼がしたかった、って言ってたよね?」
荷車から身を乗り出し、少女の帽子に手をかける。「あ」と小さな声を聞くのと同時に、真っ赤な帽子を奪い取った。
さらっ―――
亜麻色の髪が風に揺れて、肩に落ちた。丁度肩につくくらいの長さで、カインの髪を解いたときより少し長いセミロング。細い髪が風に遊ばれ、なびく。
「やっぱりね。隠してるなんてもったいないじゃん」
「・・・・・・帽子返してよ、似合わないんだから。恥ずかしいし///」
頬を赤らめて俯くティク。ロングではないセミロングの長さは、彼女らしい恥じらいからなのか。カインは満足気に帽子を返すどころかくるくると回す。
「言っとくけどこれ、お母さんが『ちょっとは女の子らしくしなさい』って泣きついてくるから、その・・・・・・///」
「可愛いじゃん」
「へ?」
少女が顔を上げると、得意そうに笑う少年の笑みがこちらに向けられていた。
「オレは似合ってると思うけど?あはは、いいもの見れた。礼ならこれでいいよ」
「な、なっ///」
顔が一気に赤味をを増し、口さえもまともに回らなくなる。だって正面きって「可愛い」なんて言われたことなんて無い、今が初めてなのだから。ただでさえ免疫の無いティクにとって爆弾に近い威力だったのかもしれない。
「い、いつから気づいてたの?どうして?」
「気づかないとでも思った?」
「ぐ・・・///」
先日、少女が少年に向けて言った言葉である。カインが唯一ティクに不覚を取ってしまったときの台詞でもあった。だから今ここでその借りを返すつもりらしい。だが実際に髪を下ろした彼女を見てみたかったというのも事実。
ブルル・・・
前のほうで御者が定位置につき、二頭の馬がいなないている。もうそろそろ出発するのだろう。
「お、そろそろ出発するみたい・・・・・・じゃ、またね」
カインは奪った帽子をティクに被せ、ヒラヒラと手を振る。
「うん、またねカイン!ピロロも!」
「キュキューイ!」
それぞれが大きく手を振って、笑顔で距離を大きくしていく。走り出した荷車は徐々に加速し、あっというまに人々が点になった。それでも彼らの声が聞こえてくるようだった。
ガタン、ガタン・・・
時折転がっている石に弾み、荷車が大きく揺れる。それでもスピードを落とすことなく、馬は駆けていった。
「しっかし兄ちゃん、さっきの村ではいったいどんなことをしてきたんだい?えらく人気者だったじゃないか」
「ちょっとした事件解決ですよ。あとでっかいモンスターの氷像も作ってきました」
「おお、そりゃすげえな!俺も見てくればよかったぜ」
「あはは」
カインは笑いながら外に目をやった。密集していた木々は徐々に間隔を広げていき、じきに来る森の終わりを告げていた。
次の目的地はここから真西に進んだところ。そこにはいったい何が待っているのだろう?またいい出会いはあるだろうか?それともまたややこしい事件でもまっているのか?不安よりも期待の方が断然大きい。こうやって期待を胸にしながら別れも続けていくのだろうと、何となく頭の片隅に思った。
「オレはこうして旅を続けていくけど、お前はもう二年もそんなことを繰り返しているのかな?」
また頭を過ぎる人物。青い空を見ているとどうしても思い出してしまう。
「二年、お前は何を見たんだろうな・・・・・・」
小さな呟きは、荷車の音にかき消される。それでも自然と口がその名を紡いでいた。
「本当に、今どこにいるんだよ、レイ―――」