8、ティクという少女
「眠い・・・無性に眠たい」
「夜通し質問攻めでしたもんね、村長さん。お疲れ様です」
ベッドの上にバタンとうつ伏せに倒れ込むカインに、ピロルは労いの言葉をかける。そして倒れたカインの隣に座ると、風呂上りで火照っている彼の体を団扇で扇ぎ始めた。
「それにやっと開放されたと思ったら、噂を聞きつけた村人達がツルのモンスターの氷像見に来て・・・」
「質問攻めの再来でしたね。でも、みなさんカイン様に驚いて感心されてました」
「それは、まあ、悪い気はしなかったけどね」
ごろりと寝返りを打って仰向けの状態になり、自慢げな笑みを浮かべる。ピロルもつられたように苦笑いした。聖羅の森の冒険から丸一日経ち、セントアニマル降臨を明日に控えた前夜、やっと一息つける状況になったのだ。村長は記録作業が忙しいとのことで、今夜もまたマリセル家の宿の世話になることになった。
ふとカインは、タンクトップ姿のためにむき出しになっている右肩に目をやった。ティクに手当てされた肩は、鬼ヶ婆特製の薬の力もあって今は痣一つ残っていない。改めて流石だと感心する。
そして視線を傍らのピロルに向けた。今度は少しいたずらな意味の笑みを浮かべて。
「そういえばその姿でいるけど、ティクに言われたこと相当嬉しかったんだね」
「あっ、えっと、まあそれは・・・そうです、はい」
照れたように言うピロルの顔は本当に嬉しそうだった。見ている側もつい顔がほころんでしまうような笑みだ。
「何にせよ、オレも嬉しいよ。ピロルがこっちの姿のこと好きになって、変身してくれるのは。だって、こっちの姿の方が直に言葉を交わせるからさ」
「で、でもやっぱりまだ、その、あまり人前では・・・」
困ったように視線を彷徨わせる。やはりまだ完璧に乗り越えたわけではないのだろう。村長宅に村人が押し寄せてきたときも獣姿に戻っていた。
「えへへ・・・」
「ピロル・・・・・・うりゃっ!」
「えっ?わぁっ!」
誤魔化すようにもう一度苦笑いを浮かべるピロルを、カインは不意に後から抱き寄せ、ワシワシと乱暴に頭を撫で回した。突然のことに驚いたピロルはあたふたと抵抗する。
「カ、カイン様!?」
「お兄ちゃんに誤魔化しは利かないの!あと気も遣っちゃだめ」
「え、あのっ・・・わぁっ、ちょっ、カイン様!」
「お返事はぁ?」
更に頭を撫で回し、まるで強引な誘導尋問だ。
「わ、わかりましたぁ!」
「よしよし、それでよろしい。ピロルはピロルのペースでいいんだよ」
やっと開放されて一息つくピロル。ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で整えて、赤い二股三角帽子をかぶりなおした。疲れたように息を吐くピロルと楽しげに笑みを浮かべるカイン、対照的な表情だがどこか二人とも嬉しそうだった。
コンコン・・・
木製のドアからノックの音が鳴った。その音に反応してピロルは瞬時に獣姿のピロロに変身する。カインはそんなピロロを抱き上げてから、「どうぞ」と短く返事をした。こんな時間に訪ねてくるとしたらティクかもしれない、そう考えながら。
だが予想に反して、ガチャリと音を立てて開いたドアからは大人の女性が顔を出した。茶色の長い髪を背中に流し、黄色地にフリルの付いたエプロンをつけている黒い瞳の女性。どっかの誰かさんの大人版を見ているような、そんな錯覚を起こすその容姿には見覚えがあった。
「ティクの、お母さん?」
「当たり!食事のときちょっと顔を合わせただけなのに、ちゃんと覚えてくれていたのね。嬉しいわ」
珍しい客ということで宿ではティクが主に(面白がって)世話を焼いてくれた。それに昨日は村長の屋敷に泊まり込みであったこともあり、彼女の両親にはあまり顔を合わす機会が無かったのだ。
ティクの母は「失礼します」と軽い足取りで部屋に入り、カインの正面の椅子に腰を下ろした。いきなりの訪問に戸惑い気味のカインを、彼女は何故か楽しそうに眺めている。
「あの、僕に何か用ですか?」
「う〜ん、用っていうほどのものでもないんだけど、ちょっと興味が湧いちゃってね」
「興味?」
カインが疑問詞を浮かべると、彼女は突然目を輝かせた。何事かと更に疑問詞を浮かべて視線の先を追ってみると、それは膝の上のピロロに注がれていることがわかった。
「ね、この子がピロロ君!?可愛い!」
「あ、はい、そうですけど・・・」
「人間の姿にもなれるんでしょう?ねぇ、よかったら見せてくれないかしら?」
我が子に負けないテンションの高さに、流石のカインも少々押され気味だ。期待満々で頼んでくる彼女の瞳に押されて、カインとピロロは目を見合わせた。そしてピロロはコクンと頷くと、膝の上を飛び降りてティクの母の前でくるりと一回転する。
ボウン!
煙の中からピロルが姿を現した。
「きゃあ、可愛いわ!もう可愛いったら可愛すぎ!」
そう歓声を上げると、突然ピロルを正面から抱きしめた。驚きと恥ずかしさでパニくるピロルに「ごめんなさいね」と一言謝り、名残惜しそうに開放した。
「あの、驚かれないんですか?僕が、と言いますか獣が変身するなんて、怖いとか―――」
「どうして?素敵なことだと思うわ。だって人間以外の存在と言葉を交わして、友好関係を築けるのよ。それにこんな芸当なかなか出来るもんじゃないんでしょう?羨ましいくらいよ。ありがとう、ピロル君」
「ママさん・・・」
また一つ、ピロルの笑顔が光を増した。彼女は娘同様、真っ直ぐで曇りの無い心で受け入れてくれたのだ。とても嬉しく、幸せなことだとかみ締めた。
そこでようやく落ち着きを取り戻したカインが口を開く。
「あの、もしかしてピロルに会いに来てくれたんですか?」
「まあそれもあるんだけどね。本当の目的はむしろあなたよ」
「僕、ですか?」
彼女はまた椅子に腰を下ろし、にっこりと頷いた。カインの隣にピロルも腰掛ける。
「昨日の夜ね、ティクが冒険のことをいっぱい話してくれたわ。それで、もちろんあなたやピロル君のことも聞いたんだけど、あの子ったらあまりにもあなたのことを楽しそうに話すものだから・・・カイン君ってどんな子なのかなぁ、って思ってね」
「ティクが・・・・・・って、そういえば!まさかまた夜なのに練習なんかしてるんじゃ―――」
「大丈夫よ、ちゃんとあなたの言うとおり練習内容を見直すって言っていたから」
「そうですか・・・よかった」
本気で胸を撫で下ろすカインを見て、ティクの母は堪えきれずに小さく笑った。
「本当にあの子の言っていたとおりね。そうやって心配してくれるって、気遣ってくれるって感謝していたのよ」
「それはまあ、流石に・・・」
「それに冒険ではいっぱい助けてくれたんでしょう?まずは、あの子の母親としてお礼を言うわ、ありがとう」
「はあ、どういたしまして。といっても僕自身、彼女に助けられた場面もありますから」
事実なのだから謙遜には入らない。謙遜は絶対にしないカインである。
にこにこと微笑んでいたティクの母は、そんなカインの一言に更に微笑んだ。しかしその笑みは、どこか少しだけ寂しさを帯びていたような、そんな笑みだった。
カインはその一瞬の変化に気づいたが、どう問えばいいのか思い至らず言いよどむ。何とか知ろうと、とりあえず会話を続けてみることにした。
「あの、僕のこと何て話していました?」
「ええっとね、ちょっと捻くれていて口達者で人をからかうのが好きだって・・・」
「うっ・・・」
思わず息をつまらせた。間違ってはいないし自分でも自覚はあるのだが、内容が内容なだけに素直に「そのとおりだ」と感心できない。むしろ自分は彼女の目にどう映っているのか本気で気になった。
「ウフフ、あの子ってば単純だからからかうの楽しいでしょう?私もつい楽しくてやっちゃうのよね」
「そうなんですか、あはは」
軽くショック受け、何となく声のトーンが下がる。隣を見てみればピロルが必死で笑いを堪えているのがわかった。
「それからとっても強くて優しいって、そう聞いてるんだけど」
「え・・・」
ハッと視線を上げれば、楽しそうに笑っているティクの母と視線が合った。黒くてとても澄んだ瞳は、やはり親子なんだと感じさせる。
「私ね、実はあの子が冒険に赴こうとしていることに反対だったの。だって危険を伴う場所にわざわざ娘を行かせたくなんてないわ。でも、ティクは絶対譲らなかった」
「・・・・・・」
淡々と語っていくのをカインはじっと聞いていた。先程とは違って落ち着いた母親の口調で語る。その声が心地いい。
「それで結局あの子は行っちゃうし、帰ってきたと思ったらいつもより生傷が多くて、訊いてみれば想像もしなかった大冒険をやってきちゃってるんだもの。さすがにびっくりしちゃった・・・」
はにかんで笑う。ここで「すみません」と謝るべきなのだろうか?あなたの心配を無下に娘さんを危険にさらしてしまって悪かった、と言うべきなのか?そんな考えが頭を巡るが、カインはどちらの言葉も口にすることはなかった。ここで謝れば、ティクを裏切ってしまうような、そんな気がしたのだ。
「怪我までして、これで『もうこりごりだ』って諦めてくれればいいとか思ってたけど、結果は全然逆だったわ。危険な目にあったはずなのに、楽しそうに嬉しそうにいきいきと話すのよ、あの子ってば。私がどれだけ心配していたのか知るよしもないって感じで」
「それは違うと思いますよ。彼女はちゃんと気づいています、きっと」
はっきりと反論する。不思議な気持ちだった。出会って間もないはずなのに、こんなにも誰かのことを断言できるなんて。自分でも不思議だった。
「ティクはちゃんと、自分を心配してくれている人のことを知っています。だからこそ悩んで、ためらって、必死に解決しようとしていたんです。自分が強くなったことを証明できればあなた方を安心させることが出来る、そう考えたからあんなにも修行にひたむきになれた」
「それは、ティクがあなたに話したの?」
「いいえ、これは僕の憶測に過ぎません」
真っ直ぐにお互いの目を見返す。しばらく沈黙が流れた。だがその沈黙を消したのは他ならない話の中心人物本人だった。
「カイン、まだ起きてるー?ピロルはもう寝ちゃったかな?あのね、会長が―――」
コンコンというノックと同時に扉が開いた。ひょっこりと顔をのぞかせたのは今度こそティク本人である。
「あれ、お母さん来てたんだ。何々?何話してたの?」
「ひ・み・つ・よ。ねぇ、カイン君?」
「え!?・・・そうそう、聞かない方がティクのためだと思うから。で、オレに用事?村長がどうかしたの?」
「・・・・・・・・・会長が明日も早めに来てくれって」
もともと好奇心の強いティクは簡単に諦めのつくわけがなく、かといって用事を忘れては元も子もないのでしぶしぶ答えた。
「わかったよ、わざわざありがとう」
「それじゃあティク、もうちょっとお話したいから席を外してくれる?せっかく大好きなカイン君に会いに来たところ悪いんだけど」
「そ、そんなんじゃない!!///」
バタン!と勢いよく扉を閉めてティクは出ていった。流石、娘の扱い方をよく心得ている。そして先程までの沈黙が嘘のように、また明るい空気をまとってお互いに向き合った。
「ふふふ、ちょっと悪いことしちゃったかな〜」
「さっき話してくれたとおり好きなんですね?娘をからかうの」
「あなたの仮面の付け方もなかなかだったわ。さっきも憶測だなんて言っておきながら、確信みたいな目をしていたわよ?」
「そちらこそ、なかなかの目の持ち主で。一応、今回の冒険では相棒としてくんでいたのでそれくらいは」
お互いに不適な笑みを浮かべた後、「あはは」と何かが外れたように笑った。ひとしきり笑い終わったところで、ティクの母は静かに椅子から腰を上げた。
「それじゃ、私もそろそろ行くわ。ありがとう、楽しかった。これからは私も心配しすぎないようにするわね」
静かに扉に近づき、ドアノブに手をかける。と、そこでカインがあえて言葉にはしないが、引き止めるように言葉を紡いだ。
「僕は六つの頃から親元を離れて修行していて、今回の旅も戻ってから二年しか経っていないのに出発して、正直両親とは離れている時間の方が長いんですよね」
今度はカインが静かに語りだした。ドアノブに手をかけたまま、ティクの母もカインのときと同様にじっと聞いている。
「でもやっぱり大事な家族で、心配掛けっぱなしだけど心配はなるべく掛けたくないです。だから自分は大丈夫って知らせをなるべく送ったりするんですけど」
視線は真っ直ぐに、緑の瞳はどこか遠くを見つめているようだ。
「『心配は掛けたくない』たしかにそう思っています。でも、そう思っているくせにやっぱり・・・・・・自分のことを心配して待ってくれていると思うと、嬉しいんですよね」
語尾を言い終わると同時に、照れたような笑みを、ドアノブを握り締めていた彼女へ向けた。その笑顔を受けて、自然と自分も笑みがこぼれていた。
「ちょっと不安だったのかもね。自分の娘がちょっぴり大きくなって帰ってきたみたいで、私の心配は不要だったんじゃないかって」
ドアノブを回して引き、体を空いた隙間に滑り込ませる。その瞬間、ふわりと茶色の髪が舞った。
「ありがとう、カイン君。これならあの子があなたのことを話すとき嬉しそうなのも頷けるわ。愚痴をこぼすようなことになっちゃってごめんなさいね、それからありがとう」
そして「おやすみなさい」と言うと、彼女はカインの部屋を後にした。
優しいその背中を見送ると、カインは再びベッドへ体を投げ出した。いつの間にか獣姿に戻って眠っているピロルの頭を撫で、空いている方の手で髪紐解く。肩に付くか付かないかの長さの緑髪が、くせっ毛の所為もあって広がった。
「どういたしまして、なんて言えないよ・・・オレだってそんな理由が欲しかったんだ。そうであってほしいって、願うように自分に言い聞かせてたんだ。二年間ずっと、あいつのことを考えるたび・・・」
天井を見つめる瞳を細めて、ぎゅっと強く拳を握り締める。
「心配しないとでも思ってるのかよ、バカ・・・」
小さな独り言は、夜の静寂に吸い込まれていった。
「う〜ん、いい天気だ〜!もう冒険日和に他ならないって感じ!」
大きく伸びをして、肺一杯に朝の空気を吸い込む。吸い込み終わると、ティクは満足げな笑みを浮かべてやや前方を歩くカインの隣に並んだ。
「楽しみだね、セントアニマル。どんなのかなぁ?」
「そりゃあもう凄いよ、いろいろと。無事に会えるといいんだけどね」
「そうですね」
カインは小さな欠伸を一つ噛み殺す。昨夜は結局あの後なかなか寝付けず、おまけに行動を開始したのは日が昇ってすぐだったということで、徹夜明けの日であったにも関わらずあまり眠れなかったのだ。
(早いほうがいいって、村長ってば早いにも程があるって・・・)
ふと隣を歩く少女に目をやる。カインとは対照的に元気溌剌といった眠気なんて無縁だと言わんばかりの調子だ。ちょっぴり羨ましい。
今は村長宅の入り口を経て岩山に向かっている最中だ。少し視線を上げれば完璧に修復された岩山が目に入る。ライグは見事にあの大規模な修復をやってのけたのだ。素直に凄いと思うと同時に、下手をすれば今日そのライグと戦闘することになるに不満を感じずにはいられなかった。
「ねぇ、カイン?」
「ん?なに、ティク?」
彼女にしては珍しい小さく控えめな声。一応振り向くが、彼女は前方に視線を向けているため目が合うことはない。
「今日、セントアニマルに会えたら、すぐに旅立っちゃうの?」
「ああそのこと・・・まだ正直わからない。無事に帰ってこられればそうするかもしれないね」
本当にわからない。もしもライグとの戦闘になれば怪我は免れないだろうから、一晩は休養したいところだ。
「そっか、また新しい場所に行って冒険するんだね。それってすごいな」
「これからずっとしていくよ、旅も冒険も。危険もいっぱいかもしれないけど」
そう、これからずっと旅をしていくのだ。いったいどれくらい長い旅になるのか見当もつかないが、いくつの冒険をこなしていくのかもわからないが、それでも行くのだ。今回の冒険も、その数多くあるうちの一つに過ぎなくなってしまうかもしれない。
そして、『もう二度と』ということは無いだろうが、この少女ともいつ会えるか、会うこともあるのかすら知れないのだ。
だからその前に―――
「オレ、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ。正確には謝らなくちゃいけないことなんだけど」
「謝る?あたしに?」
少女はきょとんと目を丸くして不思議そうな顔を向けてきた。歩む足を止めて、静かに話し始める。
「オレは、本当は・・・最初は君の力を信じちゃいなかったんだ」
少女の瞳が一瞬揺らぐ。それを確認して、飲み込みそうになる言葉を必死に口に戻した。
「君を冒険に誘ったのは、単に同情だったんだと思う。オレとなんとなく似ているように感じたから。自分の好奇心を信じて行動するあたりなんかそう、オレもこの旅を始めたきっかけってのが君とほとんど同じだったから。親近感すら湧いていた」
「・・・・・・・・・」
互いに目を合わせずに立っていた。ティクはさっきまでカインに向けていた視線を少し横にずらし、カインもじっと岩山の方を見つめている。ピロルもカインの傍らで俯いていた。
「それで君が村長に反対されて、目標への唯一の方法を絶たれたとき、オレは『想いは同じなのに少し境遇が違うくらいで』って・・・」
「可哀想に、思った?」
静かなティクの問い。それにカインは小さく頷く。短い沈黙が流れた後、また一言ずつ言葉を紡いでいった。
「だからオレに出来ることならって、君を誘ったんだ。危なくなればオレが守ればいいと考えたから。相棒の位置にくるなんて考えていなかった」
一拍息継ぎをして、真っ直ぐティクに向き直る。
「でもティクは、オレのことを信じてくれた。真っ直ぐに、オレに応えようとしてくれた。なのにオレはあのとき君のことを信じていなくて、それは無意識に相棒の位置から遠ざけようとまでさせていたんだ」
「カイン・・・・・・」
「嘘をつくようなことしてごめん。応えるどころか、君の想いを裏切るような真似をして、ごめん」
顔を伏せて謝罪するカインをティクはじっと見つめていた。ずっと言いたかったこと、彼女を傷つけるかもしれないのに、このままでは本当に裏切ってしまいそうで怖かった。だからこそ、今確かめたいと思った。
「やっぱり、怒ってる?」
「・・・うん」
顔を上げてみれば、俯く少女の姿が目に入った。髪が陰を作り、表情は読めない。こうなることはわかっていた。
「半分だけね」
「・・・え?」
次の瞬間、少女から思いがけない言葉が発せられた。思わず目を見開く。
「『最初は』ってことは、今は違うってことでしょ?」
「え、あ、うん。今回の冒険を通して君の力を信じずにはいられなくなったから」
「えへへ、ならもう半分は嬉しいや!」
パッと顔を上げたかと思うと、そこには暗い顔なんて見当たらず、明るいいつもの彼女の笑顔があった。それは太陽を連想させるほど、明るくて温かな笑み。
「確かに信じての誘いじゃなかったってのはショックだったけど、今はあたしのこと信じてくれてるんでしょ?ならいいよ。むしろ本当にあたしを信じてくれてありがとう。もう今は正真正銘の相棒だもんね」
「ティク・・・・・・」
「むしろそれって、あたしは凄いってことじゃない?実力で認めさせる力を持っているってことだよね?なんか自信湧いてきたー!」
究極のプラス思考、ポジティブシンキングである。はたから見れば呆れるほどのものかもしれないが、今はその笑顔でカインのもやもやを一掃してくれた。魔法なんかじゃない、不思議な力だ。
「隠さないで話してくれてありがとう」
「なんで君が礼を言うんだよ。この場合オレの方が言わなくちゃいけないのに」
自然と顔がほころぶのが、自分でもわかった。ピロルもつられたのか、元気を取り戻して嬉しそうに笑っている。本当にこの少女は凄い、漠然とだけど、そう思った。
「ううん、あたしだってカインに言わなきゃいけない理由あるもん―――」
和やかで温かな雰囲気の中、いきなりティクが言葉を止めた。視線を空の一点に集中して、呆然とただそれを見ている。不思議に思いカインも視線の先に目をやった。
ひらりひらりと、ゆっくり舞い落ちてくる金色の羽根が、彼らの視線を釘付けにさせた。