1、魔法使いの少女
明るい少女の声が山に響く。
山といっても木の生えてない岩だらけのゴツゴツした山。花などの小さな植物はかろうじて岩の隙間に生えていて、岩自体は白くて大きいものばかりの殺風景な山だ。
そんな山の中腹あたりに小さな一軒の店が建っている。
「じゃあね、リッカお姉ちゃん!またね!」
「あ・・・!」
小さなお客の少女は走り去っていき、店の主の少女の声は届かなかった。
「言いそびれちゃった・・・。」
走って小さくなっていく少女の背を見送りながら、言いそびれた言葉を飲み込んだ。
「この店は明日・・・。」
カレンダーに目をやり、赤い丸の付いた日付を指でなぞる。エリーズの月27日、現実でいうとおよそ4月になる。そしてその日に赤い印が付けられていた。
店の主の少女はリッカ=リンといい、この小さな店で一人で働いている。歳は13、桃色の髪を肩の高さで軽くカールさせ、その髪の上に黄色で二つに割れた大きな帽子をかぶっている。瞳の色は赤。背には茶色の杖を背負っている。
リッカは店のカウンターの上にある色とりどりのロウソクを手に取った。このロウソクは魔力をこめた特殊なロウソクで、多少の癒し効果もある。リッカの手作りだ。
「魔法使いの修行は決まって半年だけここの店で一人で働く、そして今日が最後の日。明日はもうここから離れなくちゃいけない・・・分かってはいるけど、やっぱり少し寂しいな。エリーちゃんには言いそびれちゃったし・・・よく来てくれたのに。」
エリーとは先ほど走って帰っていった少女で、歳はまだリッカより6つも下なのによくお使いで来ていた子である。エリーの家は山のふもとの町で、この店までは比較的緩やかな登山道を使ってきていた。
「はぁ・・・って、こんなクヨクヨしててもダメだよね!とにかく商品のロウソクしまって、店の片づけを・・・やっぱり少し散歩してからにしようかな、店も閉店時間だし気分転換した方がいいよね。」
リッカは手に持っていたロウソクを再びカウンターの上に戻し、少し落ち込んだ気分を上げるべく散歩に出かけた。
こういう心境のときは演技でも、無理やりにでも明るく振舞うようにしている。
そうしたら、なんとなくでも気が楽になるような気がしたから。今までだっていつもそうしてきた、きっとこれからも。
「う〜ん、気持ちいい〜。夕日も綺麗・・・。」
迎えの山の峰の少し上にある赤く光る夕日を眺めて大きく伸びをした。赤い夕日の光を周りの雲が受けて白からオレンジにグラデーションしている。本当に綺麗な景色。
明日はここにはいない、明日は店を閉めて故郷に帰る。帰って、そして・・・
『ならばお前が志すものは何だ?』
「・・・っ!」
ふと、そんな言葉を思い出した。ここに来る前に聞いた、低く真っ直ぐな声の言葉。
なんとなく心の中がモヤッとした。正直今まで逃げていたのかもしれない言葉が再び記憶の中に戻って来たから?そうかもしれない、そうなのかも・・・。
「あっ・・・気分転換に来ておいて何してるんだろ、私・・・。」
本来の目的を思い出し、首をフルフルと振って自己嫌悪する。気分転換に来ておいてむしろ気分の下向きに拍車をかけてしまった。
「けど、私は・・・。」
今までただ魔法使いの修行をしてきて、半年ここで店をやって、自分はどうしたいんだろう・・・?一人前の魔法使いに・・・?それとも、別の・・・
「・・・え?」
フッと影が急に増えた気がした。慌てて光をさえぎったものを確認する。
「・・・男の子・・・?」
リッカが見たのはやや遠くで迎えの山を見ている自分と同じくらいの歳の少年だった。
少年はリッカよりも少し高い岩場に立っており、夕暮れで岩場の影と一緒に少年の影も伸びたのだろう。それがリッカのそばまで伸び、結果、少年の存在に気づくことになった。
水色の髪、大きな青いバンダナ、そして同じく大きな黒に少し柄の入ったグローブ。半年この地にいたが、一度も見たことのない少年だった。
少年は山や夕日を眺めるというよりも、もっと遠くを見ているようだ。真っ直ぐ目を逸らさず、真っ直ぐに見つめ、いったい何をしているんだろう・・・?自分の存在には気づいているのだろうか・・・?
そんなことを考えているとふと少年の顔がこちらを向いたような・・・
ブワッ!
「きゃっ!・・・・・・あ、あれ?」
突如吹いた夕暮れ時の春風により、一瞬目を伏せてしまった。
そして次に少年のいた方に目を向けると、少年の姿は無かった。光はさえぎるものを失い、再びリッカのもとへ届いた。
少年はいったいどこへ行ってしまったのか、リッカはキョロキョロとあたりを見回した。しかし少年の姿は見えない。一瞬目を伏せただけなのにいつの間に・・・?
気にはなったが、諦めて店へ戻ろうと方向転換する・・・と、
「きゃーーーーー!やだ!離してよー!」
突如幼い叫び声が響いてきた。
「この声・・・エリーちゃん?!」
瞬間、嫌な予感が頭をよぎり、気づいたときには声のもとへと駆け出していた。
たったさっき別れたばかりの少女、エリーの身にいったい何があったのか?良からぬものには違いない。だが、無事でいて。そう願いながらリッカは急いだ。
「は〜な〜し〜て〜!」
「うるっさいガキだな、ほんとにこいつか?」
スキンヘッドに紫の目、歳はおよそ20代後半の男達が3人、エリーを取り囲んで、一人がエリーの腕を掴みあげていた。
エリーは長い金髪の髪を揺らしながら抵抗している。
「ああ確かだ。こいつの家はけっこう名の通った魔術研究家でな、貴重な本やらいっぱい持ってんだ。だからこいつを人質にして脅迫すりゃー・・・。」
「ある意味お宝ゲットってか。闇で売ってもよし、俺達の力量アップででっかい魔法も思いのまま、名が通れば金はガッポガッポ・・・いい話だな〜。」
エリーの抵抗をあしらって、3人は笑い声を上げた。
「離せ〜!えいっえいっ!」
「いっつつつ!何しやがるこのガキ、いい加減おとなしく・・・!」
エリーは全力で手足を振り回して抵抗した。これにはさすがに男達も反応せざるをえなかった。
「このやろ、おとなしくしてろ!」
腕を掴んでいた男がエリーを打とうとしたとき・・・
「フィールドワープ!」
エリーの体は光に包まれ、スウッと消えていった。
「なにっ・・・!」
「これは・・・魔法!」
突然目の前にいた少女の姿が消え、うろたえながら辺りを見回した。
そして、息を切らせながらこちらを睨みつけている少女を視界に捕らえた。
「貴様か〜・・・。」
「ハァッハァッ・・・エリーちゃんは、ワープ魔法で送ったから、もうここにはいないよ・・・。」
桃色髪の少女は杖を構え、赤い瞳で男達を睨んだ。