6、プロローグの終焉

 

 「い、急げばなんとか間に合うかも!」

 セントアニマルの本を抱きしめて書庫を飛び出した。水色髪の少年を追うために。

 勢いよく扉を開けて、広いとはいえない店を突き抜ける。

 (あ、でも、もしも本当にあのとき見たくらい足が速かったら・・・!)

 フッとリッカの脳裏に昨日の風景がよぎった。少年は一瞬のうちに自分を抱えて去り、すぐ隣に居たかと思うと気がつけば敵の懐にその姿があった。

 あんな速さの人間は見たことが無い。魔法で瞬間移動したりすることならば可能だが、あの少年はそんなそぶりをしたようには見えなかった。もしかしたら本当に足が・・・

 ゴン!

 鈍い音が店内に響いた。リッカが考え事をしながら走っていたため、思い切り額を壁に強打したのだった。丁度最後の扉のすぐ横。あまりの痛さにうずくまり、目にはうっすら涙がうかぶ。

 「いった〜〜〜〜ぃ・・・」

 額はジンジンして頭はグラグラする。こんな間抜けなことをしたのは久しぶりで、それだけ必死だったのだろう。

 そして涙目に一枚の写真が映る。ぶつかった拍子に落とした本から半分ほどはみ出していた。本を開いて写真を手に取る。

 「いったい何の・・・あれ、これどこかで・・・」

 写真は古く、色あせていたが映っているものはハッキリ認識できる。写真に映っていたのは木製の建物でそれほど大きくも無く、外観は研究所のような感じだ。

 リッカは必死に記憶をたどる。と、次の瞬間ある記憶にたどり着き、目を見開いた。

 「これ・・・2年前にお姉ちゃん留学していた魔老子ディムさんの研究所だ!うん、そうだよ間違いない!でも何でこんな写真がセントアニマルの本に・・・!?

 この魔老子ディムの研究所はリン一族に代々留学先とされてきた場所だ。昔からリン一族とディム一族は手を組んでおり、リッカ自身も幼い頃に一度だけ面会がある。写真の古さから見ても同盟前とは思えない。

 「もしかして・・・私達(リン)はセントアニマルと何か関係があるの?」

 そもそもここに本があること自体がおかしい。いままでそんな話を聞いたことも無いのに一族と密接な場所が映った写真がその本に挟まれて、おまけにかなり見つけづらいような場所に保管されていた。

 「お父さん、私そんな話全然聞いてないよ・・・」

 呟いて写真の挟まっていたページの文面に目を落とす。

 「やっぱり・・・」

 文面にはディムと表されるだろう「D」の文字が刻まれていた。

 「確かめなくちゃダメだよね・・・よしっ!」

 写真を本に挟み直し、しっかりと本を抱くとスックと立ち上がった。

 「追いかけなきゃ!」

 勢いよく扉を開けて外へ飛び出した。

 再び少年を追いかけ始めたが、気持ちはさっきと少しだけ違っている感じ。写真を見つけ、セントアニマルとの関連性を知り、衝動的な気持ちだけだったものにちゃんと理由をつけることが出来て、どこか嬉しかった。気持ちに理由という支えが出来たことが嬉しかった。やっぱり自分はあの少年を追いかけたいのだと思った。恩返しや確かめたい気持ちに嘘は無いが、追いたかった。

今度はちゃんと追える、追う理由が出来たから堂々と!

 「お願いだから間に合って・・・!」

 

 岩ばかりの殺風景な山を暖かい春風が吹きぬける。太陽は東の空。

 風が青い大きなバンダナを揺らし、その下の髪もなびかせる。

 揺るがない蒼い瞳は真っ直ぐ南西を見つめていた。

 「見つけた・・・!」

 「・・・!」

 少年が振り返るとそこに息を切らし、大きな本を両腕で抱えた少女が立っていた。

 「あ、あの・・・私・・・!」

 荒い息遣いが台詞を途切れさせる。だが荒い息だけのせいではなく考えていた言葉がうまく出てくれない。

 「・・・・・・」

 じっと蒼い瞳が少女を見つめる。眉をひそめた表情は驚きも何も映さない。

 「私・・・!」

 (早く、しっかりして私!やっと追いついたのに、言わなきゃ!)

 なかなか進まないリッカに少年はフッと目を伏せたあと、踵を返して行こうとした。

 「私も行く!」

 その瞬間やっと言葉が出た。だが言った後、順序も無く出たその言葉に口にした本人が一番戸惑う。そして必死に言葉を紡ぐ。

 「あ、えっと、だから私も一緒に・・・行きたいです。」

 リッカの必死の訴えに再び少年は振り向いた。

 「あの、私まだ自分でお礼出来てないから、実際あなたを助けたのはこの本だから!」

 もう頭でうまい文章を作ることが出来ない。一つ深呼吸をする。

 「これ、この写真・・・さっき見つけたの。これに映ってるのは私の一族と関係のある一族のもので・・・けど、私はそんな話聞いたこと無くて、でもつながりはあって・・・だから確かめないといけない、だから・・・」

 「ダメだ・・・」

 「え・・・」

 リッカの言葉を割って鋭い声が答えとともに制した。一言「ダメだ」という言葉にリッカは一瞬言葉を失う。少年は踵を返して歩を進めた。

 「待って・・・」

 グッと拳を握り、表情を引き締める。

 「お願いします、私も一緒に行かせて・・・!」

 「言ったはずだ・・・」

 「足手まといにはならないから・・・!」

 「オレと共に行く必要があるか・・・?」

 真っ直ぐ瞳を向け、訊いてきた少年の問い。リッカも真っ直ぐに瞳を受け止め、小さく深呼吸して答える。

 「わからない、けど気がついたら飛び出してた・・・」

 「何者か知らない奴に着いていくことなど無いだろう・・・」

 「私も・・・正直驚いてるし、解らない。けど・・・お願いします!」

 もう一度深々と頭を下げた。

 自分でも正直解らなかった。昨日あったばかりの少年なのに何故こんなにも必死なのか。

 ここでこうしなければいけないような、行かなくてはいけないような気がした。ただ、行かなくては後悔しそうな、そんな感じがした。直感ともいえるこの感じを信じて・・・

 真っ直ぐに少年の蒼い瞳を見つめる、力強く。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 沈黙が続いた。両者ともジッとしたまま動こうとしない。

 見つめ合うと言えばロマンチックだが、二人の場合眼差しが強くたくましいようで、相手を見つめるというよりもハッキリ言って眼光を飛ばすに近い、緊迫すら覚えそうな空気。

 少年もリッカの赤い瞳をジッと見る。揺るがぬ、澄んだ赤い目。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 長い沈黙を終わらせたのはたった一言だった。

 「勝手にしろ・・・」

 「・・・・・・っ!」

 ハッと目を見開く。「勝手にしろ」・・・つまり「いい」ということ。

 リッカの顔に満面の笑顔が広がる。ホッとして落としそうになった本を慌てて持つ。

 「ありがとう。」

 「勝手にしろと言ったまでだ・・・」

 少年はまた前を向いて歩き出した。リッカも本を小人シェットにしまって後を追う。今度は軽い足取り。

 「あの、私リッカ・リン、魔法使い。よろしくお願いします。」

 軽く自己紹介する。

 店は昨日のうちに閉店の準備はすませておき、最後のカウンターも先ほど終わった。身支度も今日出る予定だったから準備していた。少年に出会えた日が昨日でよかった、改めてその奇跡ともいえる偶然に感謝する。

(そういえば、まだ名前知らない・・・)

 少年の数歩後を着いて行く。

 「えっと・・・」

 「レイ・リックだ・・・」

 リッカの思考を読んだかのように少年、レイは名乗った。

 あまりのタイミングに目をパチクリさせ微笑むと、少し足取りを速めてレイの一歩ほど斜め後を歩いた。

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