5、恩返し

 

 あまり広くない書庫。壁には小さな四角い窓が1つ2つ、そしてそこから差し込んでくる光は・・・淡い朝日の光。

 「あっ・・・あれ?」

 リッカはその窓から差し込む日差しで目を覚ました。窓からは満月の月光ではなく、太陽の日光が部屋を照らしている。どうやら昨日は本棚に寄りかかったまま眠ってしまったらしい。目の前の扉に太陽の光が鈍く反射している。

 「私寝ちゃったんだ・・・」

 (疲れてたのかな・・・こんなところでグッスリ眠るなんて・・・)

 小さなあくびをし、眠たい目を擦る。そしてふとあることを思い出す。

 (そういえば、昨日の男の子は・・・!?昨日の晩はずっと本を読んで・・・)

 ハッと手に持ったままだった本を床に置き、部屋の隅にある机に目をやる。

 しかしそこに少年の姿は無かった。

 (あれ、どこに行ったのかな?・・・それとも、もう出て行っちゃったのかな?)

 机に手を置き、そっと撫でた。そして手に硬いものが当たる。ランプだった。

 昨日の夜は眩しいくらいの灯を灯していたが、今は消えて冷たくなっていた。

 (このランプけっこう長持ちするはずなんだけど・・・?・・・って、そんなことより!)

 リッカは小走りでこの部屋の扉に向かった。

 (出て行ったにしても、もしかしたらまだ近くにいるかも!・・・ちゃんとお礼も言えてないのに、もしこのままだったら絶対ずっと気になっちゃう!それにもう少し何か話してくれたら、他にも何かしてあげられたかも知れないのに〜・・・)

 ドアノブに手をかけ、勢いよく開く。そして一応キョロキョロと部屋の中を見回す。

 (少しでも、助けられた側の気も考えて・・・ほし・・・)

 リッカの視点が真右の方向で止まる。

 朝日の光を受けて本を片手にページをめくる。昨日出会った少年が窓辺の壁にもたれ立っていた。太陽の光で文面がよく見える。

 「どうかしたのか・・・?」

 「え・・・あ、な、何でも・・・ない、です///」

 冷静な少年の問いかけに、今さっきまで慌てふためいていた自分が恥ずかしくなる。

 

 カウンターの上に並ぶロウソクを手に取り、ペンダント状になっている5センチほどの小さくて青色無透明の小瓶にかざす。するとロウソクは蓋の開いた小さな口に吸い込まれるように小瓶の中に消えていった。

 これはこの世界特有のアイテムの一つで「小人シェット」といい、特殊な魔石を砕いて加工したものである。これに物をかざすと、魔石の効力で瞬時にサイズが約10万分の1になり、中に吸い込んで収納する。ちなみに中も魔石の効力で無重力である。

 「ふぅ・・・。」

 リッカはカウンターの片づけを終えて一息する。前の日のうちにある程度片付けておいたのでそんなにかからなかった。

 (あの男の子ずっと一晩中、本を読んでたんだ・・・それも、私に気を使ってくれて)

 小人シェットの蓋を閉めてまた一息。

 グッスリ眠れたのも無理もない。光は淡い月の光だけ、本のページをめくるパラパラという音も聞こえない静寂の空間で眠ったのだから。おまけに季節は春、温度のちょうどいいはずである。

 少年は眠ってしまったリッカを気遣って、起こさないようランプの灯りを消して部屋を移動したのだろう。そして月光、日光を頼りに本を読んでいたのだ。ランプを持っていかなかったのは、きっと移動のとき扉のそばにいるリッカは明るさで起きてしまうから。

 (後でちゃんとお礼言わなきゃ・・・)

 パタン!

 「っ!」

 後の方で本を閉じる音がした。厚みのある本らしい重みのある音。

 少年が閉じた本を手にこちらの方に来る。そしてちょうどリッカの目の前で立ち止まり・・・

 「すまなかったな・・・。」

 一言そう言って本を差し出した。

 リッカは一瞬ためらって差し出された本を受け取った。手に本の重みがかかる。

 「い、いえ、私の方こそ・・・」

 少年は身を返して出口の扉へ向かった。

 リッカはその背中に向かって慌てて声を張り上げる。

 「あ、あの・・・っ!」

 「・・・?」

 少年もその声に足を止め、もう一度リッカの方に蒼い瞳を向ける。

 「あの、昨日危なかったところを助けてくれて・・・それに、夜私が寝ちゃったときも気遣ってくれて・・・ありがとうございました。」

 ペコッと頭を下げ、お辞儀をした。

 「・・・・・・。」

 少年は何も言わずただリッカを見て、そしてまた扉の方へ足を進めた。

 本を両手で抱え、顔を上げて少年の後姿を見送る。

 そして扉を開き、閉める音が聞こえた。

 「行っちゃった・・・。」

 ポツリとそう呟く、昨日からの出来事がまるで嵐のように過ぎ去り、どこか物悲しい感じがした。どこか不思議な印象を受けた少年は何を話すでもなく去っていってしまった。

 リッカは少年から受け取った本をしまおうと書庫に向かった。

 

 静かな書庫。物音一つしない、本をめくる音も聞こえない。

 「ここ・・・だったよね?」

 本を片手に抱えてはしごを上り、昨日本を探していたときのように、今度はしまってあった位置を探す。今は朝の日差しが部屋を照らしている。

 リッカは視線を彷徨わせながらどこかモヤモヤしたものを感じていた。自分でもよく分からないが、何故かそんな気がした。

 (何でだろ・・・私)

 店の片付けの終わり、この本を片付けたら多分すべて終了だろう。ここを発つ準備も出来たことになる。結局エリーには別れを言えなかった・・・

 昨日の魔法使い達はあの後、一応ロープで縛ってワープ魔法で遠くに送った。一安心だが、昨日のこともあってエリーの身が心配でもある。それに魔反鏡のこと・・・

 リッカの思考はゆっくり昨日の出来事を思い返す。

 本当に魔法使いの男の拳が目の前に迫ったときは怖かった。背伸びはしてみてもこんなときはそんなもの意味を成さなくなる。しかし、実際に拳が当たることは無かった。水色髪の少年が助けてくれたから。

 「・・・あ、見つけた。ここ、ここ・・・」

 目的の場所を見つけ、右手に本を持ち替える。厚い本ならではの重みが腕にかかった。

 「・・・・・・・・・」

 昨日魔法使いに受けた体の痛みはもう無い。疲れもだいぶ取れた。これは少年のおかげである。あれ以上怪我を負うことも無く、ゆっくり休ませてもらって・・・

 「私・・・」

 少しでも恩返しできればと呼びとめ、少年の言う「セントアニマル」についての本を探した。そして少年は本を受け取り、一晩で読んだ。その後一言「すまなかったな」と言い、ここを去った。

 「実際、恩返しをしたのはこの本で・・・私は、私自身は何も出来ていない。体を張って私を助けてくれたのに、私は自分で・・・」

 リッカは本を両手で強く抱きしめ、気づいたときにはドアに向かって走っていた。

 「行かなきゃ・・・!」

 まだそう遠くには行っていないはず、きっとまだ間に合う。

 リッカは気持ちのまま突き動かされ、ただ少年を追った。

 恩返しがちゃんと出来ていないというのもあったが、単に「行かなきゃいけない」という衝動がリッカの胸中を巡っていた。行かなければ後悔しそうな、どこか運命的なものを感じて・・・

 

 

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