6、 セントアニマル

 

 金色の毛並み、額には紅い宝石。

 四本の足で地を踏み、そして背には大きな翼が二対。

 細くとがった耳を時折揺らし、毛のかかる大きな瞳は揺らいで見える。瞳の色は濃淡な緑。

 「セントアニマル・・・。」

 前方数メートル先にいるライグが呟いた。

 セントアニマルの守護者という彼がそう言うのだから、おそらく間違いないのだろう。

 では本当にこれが・・・

 「・・・!」

 不意にセントアニマルと視線が合った。セントアニマルがカインの方をじっと見てきたのである。真っ直ぐに大きな瞳で。

 カインは視線をさらすことが出来なかった。気迫や威圧とは違うが、どこか圧倒されるような雰囲気を漂わせている獣。また気品を感じさせられるオーラを身にまとっていた。

 「何か・・・言いたいの?」

 なおもじっと視線を変えないセントアニマルに、カインはやっと口を開いて訊ねてみた。セントアニマルは何か答えるでもなくじっと見つめ、やはり時折その瞳は揺らいで見える。

 「あるの?伝えたいこと・・・オレに?」

 セントアニマルはしばらくカインを見たあと、ふと空を仰ぎ、再び地上に視線を戻した。

 金色の毛並みが太陽の光を受けて輝き、風にサラサラとなびく。

 バサッ!

 「えあ・・・!」

 セントアニマルは突然背中の翼を羽ばたかせ始めた。大きな翼がうなり、周りに風を生む。

 凄まじい風の中目を凝らして見ると、今度はライグの方に細い首を向けているのがわかった。

 ライグもセントアニマルから視線を逸らさず、真っ直ぐその視線を受け止めていた。受け止めていながらも強く、硬く意志を伝えるように。

 するとセントアニマルはじっと見たあと、頷くようにまばたきをした。

 やはりライグはこの金色の獣の守護者なのだろう、そう実感してしまう。そして自分は取り残されたように場違いなのだろう、とも。

 羽ばたきが一層強くなる。

 好奇心でここまで来てしまったが、やはりセントアニマルというのはとても神聖なものであった。しかし、きっと場違いだと知っていても自分は好奇心にしたがっていただろう。場違いだと感じてしまうほどのものだったのだから。今だってこんなにドキドキしている。

 思わずカインの顔に笑みがこぼれた。

 だが、ふとさっきの視線が気になった。何か意志を感じるような真っ直ぐな視線。

 バサバサッ!

 大きな羽ばたきでセントアニマルの足が少しだけ地上から離れる。

 「あ・・・・・・」

 思わず声を上げる。

 鬼ヶ婆にその存在を知らされ、ここまで来て、守護者と名乗る少年と戦って、目的のものに出会うことが出来た。自分はこれ以上どうしたいのか?わからないがどこか名残惜しいような、とっかかりのようなものを感じる。

 「え・・・っ!」

 今にも飛び立とうというとき、セントアニマルの瞳がカインの方を向いていた。先ほど自分に見せたものと同じ瞳で・・・

 心の中で何かが動いた気がした。

 バサバサバサッ!

 ついにその金色の体は大空は浮き上がった。二対の翼から生まれる風がまだここまで届く。

 「え、あ、ちょっと・・・待って・・・くっそぉ!」

 呪縛から解かれたように飛び起きて、必死に手を上空に向かって伸ばす。

 飛行魔法を持っていれば追うことも可能だっただろうが持っていない今、翼を持った相手を追うことは不可能。これほど飛行魔法を持っていなくて悔しいと思ったことは無い。

 とっかかっていたのはあの視線だった。真っ直ぐに何度も自分を見たあの視線。あれはいったい何だったのか、何を意味していたのか、何かを伝えたかったのかもしれない。

 必死に手を伸ばしていると、セントアニマルは一つ大きく羽ばたいた。その瞬間激しい金色の光が辺りを包む。

 「うあっ・・・!」

 目を開けていられないほどの光に腕で顔を覆う。

 光が消え、ハッと目を開けるとそこにはもうセントアニマルの姿は無かった。ただ光の軌跡が天へとうっすら残っていただけで。

 まだチカチカする目を擦って、もう一度空を見上げる。

 するとヒラヒラと何かが落ちてくるのがわかった。小さな光に包まれてそれはカインの手のひらに降り立つ。

 「羽・・・?」

 金色の羽。降り立つと同時に光を失ったが、羽自体の輝きは失われていない、おそらくセントアニマルの羽だった。

 「偶然・・・かな?」

 羽を太陽にかざして指でクルクルと回してみる。

 「偶然・・・じゃないって、思ってもいいよね?」

 誰に確かめるでもなく、そんなことを呟いて笑った。

 絶対追っかけてやるから!

 名残惜しさはまだ残るが、何故か心が澄みきったようにそれだけを思えた。

 気になることがある、それはただの好奇心なのかわからない。けど自分はその好奇心に従う。後悔はしたくないから。そう思わされるほどのものに出会ってしまったから。

こんなにはっきり決意出来るなんて、「運命」という言葉を使っていいのだろうか・・・

 よしっ!と表情を引き締めた。

 ザッザッザッ!

 ふと遠ざかる足音を聞いて振り返る。守護者のライグだ。

 「あれ、もうオレをほっといていいの?まだ倒されていないけど?」

 からかうようにおどけて訊いて見る。実際は傷が回復したわけではないのでもう一度戦うのは勘弁してほしいが、少し訊きたかったことがあった。

 ライグはカインを振り返ると目の前に現れたときと同じ目で答えた。

 「貴様を倒していないのは事実だが、オレが戦うのはセントアニマルを守るためだ。だからセントアニマルが去った今、貴様を倒す理由は無い。」

 「ふ〜ん・・・あのさ、訊きたい事あるんだけど・・・」

 「・・・・・・?」

 「セントアニマルのことなんだけど・・・」

 「貴様が知る必要は無い。そもそも貴様に教えてまた首を突っ込むようなことがあっては困るのでな・・・」

 「んなっ!」

 ライグはさっさと歩いていく。慌てて「ちょっと待って」と呼び止めた。

 「まだ何かあるのか?」

 「いいの?もしそれでオレに何にも教えてくれなかったら、逆に好奇心の強いオレだから気になって気になって首突っ込んじゃうかもよ〜?」

 さあどうすると挑発する。しばらくの沈黙のあと、かなり不機嫌にしょうがないと向き直った。

 「〜〜〜〜・・・なんだ?」

 「わぁ、ありがとう!」

 「よしっ!」と小さくガッツポーズをした。改めてコホンと咳払いをして訊ねる。

 「セントアニマルって何なの?オレ実際よく知らないんだよね・・・」

 「・・・・・・セントアニマルとは、自ら強い魔力を持った獣だ。百年に一度地上に舞い降り、決まって同じ場所、同じ時期に現れると云われている。そして今がそのときだ。何故そんなことをするのかはオレも知らないがな・・・」

 「え、守護者でもわからないの?守る対象なのに?」

 「オレはただ長に守るよう言われているだけだ。このような若輩にすべて教えてもしょうがないと考えたのだろう。そしてオレも同じ魔力を持つ者として、ただその任をまっとうするだけだ。」

 「そっか・・・」

 鬼ヶ婆に教えてもらったとおりだ。謎に包まれた獣、セントアニマル。自ら強い魔力を持ち、すべて規則的に行動する獣。聖獣の聖力とは違う、強い魔力を持った・・・

 「確かに教えた。だから貴様はもう関わるな。わかったな!」

 「はいはい、わかってますって・・・」

 強く睨むライグにカインはヒラヒラと手を振って了解の意を伝えた。たとえ本心は違っていたとしても・・・

 

 セントアニマル、絶対追っかけてやるから!

 

 

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