2、村長熱弁会

 

 日が暮れて、紅い夕日の光が小さな村全体を照らす頃、カイン達は目的の村に到着した。

 カンド村は四方を森に囲まれてはいるが、思っていた以上に普通の村の姿をしていた。こんな森の奥にある村とだけあって、ちょっと原住民族を想像もしたが家や建物、通などはカインのいたローグ村とそんな違いは無く、大きさもパッと見て極端に小さくなかった。

 「ここがカンド村・・・けっこうローグ村と変わんないじゃん。」

 ぐるっと村を見渡す。と、遠くに大きな岩山を発見した。

 岩山はかなりの大きさで、ゴリオンの山ほどとまではいかないまでも、その4分の3はありそうだ。木も一本も生えていない。

 「まずは村長の家だね、村の人に聞いてみようか・・・」

 カインはとりあえず村長を訪ねることにした。ピロロが返事をするように鳴いた。

 

 「ここ・・・・・・?」

 村人に話を訊いてたどり着いたのは、村の外れにあり背後に例の巨大な岩山を従えた古風の不思議な雰囲気を漂わせる小さな屋敷だった。おまけに周囲からは絶え間ないカラスの合唱つきである。

 「率直な感想としては、ちょっと不気味な屋敷だよね・・・まあそこらへんが鬼ヶ婆の知り合いっぽいけどさ。」

 (実際あの鬼ヶ婆の知り合いっていうんだから、不良風味の怖い人ってのもありえるよね〜。もしそうだったら嫌だな・・・)

 村に着いた頃より傾いた太陽の光が不気味さをより一層引き立てている。ピロロもカインの足元にくっつくように屋敷を見ていた。

 「お化けでも出るんじゃないの〜・・・・・・あっ、あそこに白い影が!」

 「キュイッ!」

 カインの言葉にピロロはビックリして指の指された方を見る。しかしそこには何も無い。

 「アッハッハ、ごめんごめんそんなにビックリするとは思ってなかったからさ〜・・・」

 「っ〜〜・・・」

 カインはピロロの頭を撫でながら平謝りした。ピロロは完璧に面白がっているカインにむくれた表情を返す。もう一度軽く謝ってカインは不気味な屋敷に向き直った。

 「とりあえず村の人はここだって言ってたし、物は試しだね・・・・・・ごめん下さーい!誰か居ますー?」

 コンコンと割りと立派な扉をノックする。しばらくして扉が開かれた。

 「おや、こんな時間にどんなお客様かと思ったら・・・どちら様ですか?」

 中から出てきたのは三頭身ほどのお爺さんだった。優しい顔つきで態度も仕草もとてもあの鬼ヶ婆の知り合いとは思えないほど物腰の柔らかい老人である。

 「あ、えっと、僕はカイン・ヤグ。ローグ村から今日この村に着きました、魔玉使いです。どうぞよろしく、こっちはピロロっていいます。あの、村長さんですよね?」

 しばし想像とのギャップに戸惑いながらも、ニコやかに自己紹介をする。

 「ほう、ローグ村からはるばる・・・。確かに私がこの村の村長ですが、これまたどうしたのでしょう?」

 「丁度5日前に旅立ったんですが、知り合いのお婆さんにまずはこのカンド村の村長のところに行けと言われたんで・・・鬼ヶ婆っていうんですけど、ご存知で?」

 「あっ・・・!あ、あ、あ・・・っ!」

 鬼ヶ婆の名が出たとたん村長がいきなり慌てだした。ワナワナと振るえ、目を見開き、口をパクパクさせている。カインもまたそんな村長に目を丸くさせられた。

 「あ、姐さん!」

 「はい?あ、姐さん?」

 村長は震える手でカインの手をガッチリと握ると、家の中へと招き入れる。

 「で、では君がそうなんですね!と、とととにかく中へ!」

 「え、は、は〜・・・」

 戸惑いながらも、されるがまま屋敷の中に入った。

 

 家の中は比較的普通で、何か目立つところといえば玄関から入ってすぐ、裏の岩山の全体が見えるほどの大きな窓が奥の壁にあるくらいだ。窓は開いていて、夕日の光と涼しい風が入ってきている。

 「いや〜、先ほどは失礼しました。一応姐さんからは伝書ニワコで連絡を受けていたのですが、何分癖と申しましょうか姐さんの名前が出るとああ驚いてしまうのですよ、ホッホッホ。」

 「はあ、そういうもんなんですか・・・(なんていう癖持ってんのこの人・・・)」

 椅子に向かい合わせになるよう腰掛け、村長は恥ずかしいと短いあごひげを撫でる。

 カインはさっきからずっと気になっていた疑問をもちかけた。

 「あの、さっきから言っている『姐さん』って何ですか?」

 「あー姐さんというのは・・・ハハハ、いや〜若いころモンスターに襲われていたところを助けていただいたことがあるんですよ。本当に美しい戦いっぷりでした。」

 村長はよく訊いてくれたと言わんばかりに目を輝かせて語りだした。全身のアクション付きで。

 「まだ私が成人したばかりのころです。近くにある町との会合が終わり村への帰路についた時です。そのころはまだ今ほど安全ではなかったのでたまに人がモンスターに襲われるという事件があり、私もその一人でした。」

 「へぇ〜それで襲われたところを・・・」

 熱弁ともいえる村長の語りに、カインは適当にあいづちをうつ。さらに村長のアクションは大きくなっていく。

 「はい!私の前に突如ゴリオンが現れ、あの凶暴な爪で襲ってきたのです。そこに姐さんが風のように参上し、ゴリオンを睨みつけたのです。するとゴリオンはその華麗で蝶のようお姿、流れるような瞳にたじろぎ・・・」

 (単にあの鋭くて恐ろしい眼力にビビッたんじゃ・・・)

 オーバーになっていく村長を見ながらつい心の中でツッコミを入れる。少なくともカインには村長のいう鬼ヶ婆が想像できなかった。

 「そして彼女は軽やかにモンスターの懐へもぐりこみ、あの小柄な身体からは想像できないほどの見事な体術でモンスターをしなやかに蹴り倒したのです。とても華麗な戦いでした。まさに天使が舞い踊っていたかのような!」

 (その蹴りはおそらく鬼も逃げ出すという、鬼ヶ婆必殺の地獄殺法閻魔蹴り・・・だね。)

 カインの呆れ顔をよそに、うっとりと手を組むとフィニッシュと言いたげに語り続けた。

 「ああ、今でもあの美しいモデルのようなお姿をしていらっしゃるのでしょうね・・・」

 (美しい・・・ねぇ。絶っ対オレの想像力じゃ想像できない。)

 出されたお茶をすすりながら隣を見るとピロロも目を丸くして硬直していた。

 「今は『静かな暮らしがいいから、来ないでほしい』と言われ、会いに行けませんが・・・」

 (鬼ヶ婆的には『うっとおしいから来るな!』ってことだろうね、可哀想に・・・)

 「ですから私は少しでも姐さんのお役に立てればと、ある研究を始めたのです!」

 「ある研究?」

 半分適当に聞いていた村長の話にくらいつく。『ある研究』の言葉が引っかかった。

 もしかしてセントアニマルについてとか・・・・・・!?

 「あの、ある研究って何ですか?」

 もしかしてに期待する。鬼ヶ婆が何にも意味無しに行き先を指定したとは思っていないから。

 「おお、興味があるかい?」

 村長も話にのってくれたことが嬉しかったのか、また目を輝かせる。

 「はい、それってもしかしてセ―――」

 バン!

 カインが言いかけたとき入り口の扉が勢いよく開けられた。

 驚いて振り返ると、そこにはどこか見覚えのある赤い帽子の少女が息を切らせて立っていた。

 「会長!あたし会長の言ったノルマ達成したよ!はぁはぁ・・・これなら、行ってもいいでしょ?」

 手にはナイフ、元気な声、感情をストレートに伝える表情、その子は間違いなく・・・

 「君は森で会った・・・」

 「え・・・ああっ!そうだ森で会った!なんだ、会長のお客様だったの?」

 なんとなくこの村にいれば会うような気はしていたが、こうも突然の登場には正直ちょっとびっくりした。その子も自分がここに居ることに驚いたみたいだったが、すぐ笑顔を返してくれた。

 そして一番驚いていたのは二人の顔をオロオロと交互に見交わす村長だったりする。

 

 

1←
→3