2、幻が覆うもの
「洗いざらいって、僕そんな暇無いんだよね〜。だってもうすぐ研究が完成するわけだし、僕はさっさと君たちを排除して戻んなくちゃ・・・」
魔玉を向けるカインをあしらうようにおどけて返してくる。
「へぇ、排除ってどうやって?見たところ何も持ってないみたいだけど、もしかして魔法使いとか?」
口元は笑ってさえ見える、しかし目は以前ライグと対峙したときと同様の目だ。
「ちょっとおしいなぁ、魔法使いは先輩で僕はその先輩が作った魔法具を使うんだよ・・・こんなふうにね!」
一声言うのと同時に右手を前に突き出す。カインは男の右手に黒く光るものを確認した瞬間、両脇にいたティクとピロルの腕を引き、咄嗟にその場を飛び退った。
ドオン!
半瞬遅れてティクが音の方を振り返ると、今まで自分達がいた場所が大きくえぐられていた。
「なに、あれ・・・?」
「これは通常の弾丸に魔力を織り込んで発射する特別な銃さ。魔力の分だけ弾丸は発射と同時に膨れ上がり、威力を増して標的を射る。どう?かっこいいだろう。」
最後の声と一緒に引き金を引く。続けざまに二発、それは瞬くよりも早くカイン達に迫った。カインはほとんど感覚だけで察知し、紙一重で回避する。
「へぇ、君凄いね。こんな高速の弾を二人抱えた状態で避けちゃうなんて・・・君って何者?」
「ま、あえて言うなら腕の立つ魔玉使いってとこ。もっとも今の回避には別段力は関係ないか・・・」
なおも挑発的かつ余裕たっぷり自信たっぷりといった口調。それでもカインは全速力で思考を回転させていた。
(さて、どうしよ・・・こんなただ広い所じゃ狙い打ちされるのがおち。今はなんとか避けられたけど、二人抱えた状態ははっきり言ってちょっと辛いし、不利だ。森に引き返す?いや、こんな目的地間近で引き返しちゃったら大きなロスになる。そもそもこの人の相手しなくちゃいけないのは面倒だな・・・)
「君のその自信たっぷりな口調、ちょっとムカつくな〜!」
「うわっ!」
今度は続けて三発。二射目を無事回避したところにもう一発が足元で弾けた。
無理した体勢で立て続けに避けていたので、一気にバランスが崩れ爆風で岩山の方向へ飛ばされる。
地面にぶつかる寸前で咄嗟に受身をとり、同じく吹き飛ばされたピロルをキャッチする。視界の端で少女が完璧な受身をとっているのを確認し、思わず感嘆の声を上げそうになった。本当に戦いなれしているようである。
思考の先を一瞬だけ逸らした間にも、白衣の男の攻撃は止まない。
「召喚、風の第四魔法―――」
「駄目だよ、防御魔法で防いじゃ!」
カインの詠唱を光弾が遮る。流石に苦い顔をしながら寸でのところでかわす。
「本当に呪文が長いって不便だよね〜、さっさと降参したら?」
新たな弾を銃身に込めながら、じりじりと近づいてきた。視線をそらさず、睨むような挑発するような目でカインは身構える。心の動きを悟られないよう、思考を読み取られないように。
スパン!
突如横から風を切る音が聞こえた。一瞬の隙を突いてティクがナイフを放ったのだ。
だが、男は瞬時に身を引いて回避して見せた。
「へぇ、君もなかなかじゃないか。その動きの速さ、モーションの無駄のなさ、そして正確性・・・」
「くぅっ、もうちょっとだったのに!」
「でも銃相手は無茶なことだ。」
ティクに目標を定めて引き金を引く。ためらいの無い動きにティクは反応に遅れ、ぎゅっと目を瞑った。
ビュゴッ!
しかし光は目の前で弾けとんだ。目を開けると風が荒々しく周囲を覆っている様が飛び込んできた。
「あ、あれ・・・?」
「ありがと、おかげで呪文言う時間が出来たよ。これでしばらく余裕がある。」
立て続けに鳴る銃声。しかし弾はカイン達の目の前ではじけ飛ぶだけだった。
「ちょっと反則なんじゃない?その盾強力っぽいし・・・」
「強力も何もオレにとっちゃどの魔法召喚しようが、コレくらいの強度あたりまえなんだけどな〜・・・反則だなんて不可抗力だよ。」
「ガキが・・・」
カインの挑発に男は銃を構えたまま歯噛みする。その様を見て心の中で安堵する。
(さて、これでしばらくはいいとして・・・このまま防戦一方ってわけにもいかないしどうしたもんかな・・・)
ゆっくり思考を落ち着かせて策を探る。少なくとも男の頭に血が上ってくれたなら、冷静に思案してこの風の盾を破る策を練られる心配は無いだろう。
「ね、ちょ、ちょっと・・・あれ!」
「え、どうしたの?いったい何・・・が・・・」
ティクに袖を引かれ、振り返るとその光景に目を見張った。
「あれは・・・っ!」
大きな岩山の前面が波打つように揺らいでいるのだ。カイン達が飛ばされたのは岩山の目の前でも村とは逆方向、つまり揺らいでいるのは村から死角になっているところ。
「岩壁が揺れてるよ!どういうこと?」
「それも一部分どころじゃない、てっぺんからかなり下までまるで大きくえぐられたような・・・」
「カ、カイン様・・・何か感じます。」
「え・・・?」
ピロルの言葉に気を澄ませ、周囲の気配に集中する。
渦巻き流れて吹き荒れている力、これは今発動させている自分の魔導力だ。そして地面で余韻のような魔力を発しているのは先ほど男が撃った銃弾のあと・・・もう一つ、洗練されたような澄んだものが波打っている・・・これは・・・
「魔力の波長!」
「魔力の、波長?」
「それもこれはセントアニマルの力の気配じゃない、ってことは!」
ギッと銃を構える男を睨みつける。対して男は「まいった」とバツの悪そうな顔をしてみせた。
「セントアニマル以外の力があの岩山を覆っている。つまりあそこには見られたら困るようなものがあって、幻術の魔法を施している・・・オレの勘はビンゴだったってわけだね、もうあそこにはよろしくないものがありますって確定したも同然。」
「まったく、ばれちゃったよ。君の魔法がでかすぎるから、あっちにまで影響出しちゃって・・・これで僕の上からのおしかりも確定しちゃったってことだ。」
「あれほどの幻術をかけなきゃいけないほど大掛かりな何か・・・何なのかな?」
「君の所為だ、責任とってもらわなくっちゃ。」
ばれてしまったことで吹っ切れたのか、無造作に銃弾を入れ替える。明らかに何か考えているのが表情からわかった。
「そうはいかないな!風の第2魔法吹き抜ける風の戦塵ゲイルエクスプロージョン!」
男が銃を構える半瞬先にカインが一気に呪文を詠唱した。白い魔玉が強い光を放ち、周囲の風を吸収する。
「目ぇつむって。」
「え?」
一言カインがそう言った直後激しい風が巻き起こった。それは砂塵を舞い上がらせながら中心部から全てを拒絶するかのように草を薙ぎ、木をしならせ、広域に広がっていった。まるで巨大な竜巻が岩山に並ぼうとしているように、一気に立ち上りその強力な風で岩山を覆っていた幻を吹き飛ばした。
「う、うあっ、なんだこの風はぁ!」
男は顔を手で庇い、強風に耐えることで精一杯になっていた。くやしいが手で顔を覆っていなければ目が無事に済むことはないだろう。歯噛みをして、収まるのを待つ。
ズザッ!
「ぷはぁ〜、我ながら威力でかくて逃れるのも大変だよ。」
巨大竜巻からティクとピロルの二人を抱え、勢いよく飛び出したカインは溜めていた息を目一杯吐き出した。術者本人ならばいかなる魔法であっても何らかの回避方法は持っているものである。カインの場合威力が威力なだけに苦労ものも多いが・・・
「もう目を開けても大丈夫だよ、二人とも。」
「へ、本当?・・・うわ、なんかちょっと眩しい。」
「ティクさんそんなに強くつむっていたんですね・・・」
「だってすっごい風で・・・なんか、口に砂入ってるし。ケホッ!」
目じりにほんのり涙を浮かべて咳き込むティクの肩に、カインはポンと手を置いて前方
を指し示した。顔を上げるとそこには幻の取り払われた岩山が姿を見せていた。
「わぁ、幻術が・・・解けてる。」
「大丈夫?こっから本番だけど・・・」
「だ、大丈夫に決まってる!これくらいがいいハンデっていってもいいもん!」
「そぉ?じゃ、走るよ!あいつが風で足止めくらってる隙にね!」
幻の消え去った岩山に駆け出した。早いとこ目的地に入ってしまいたいし、奴が追ってきても開けたこの場よりは死角がいくらかできるだろう、とりあえず入ってしまえば形勢も変わるかもしれない。
「でもすごい!幻術を簡単に破っちゃうなんて!」
「まあね!これくらいオレにとっちゃ簡単簡単。普通の竜巻じゃあ破れないかもしれないけど、オレのは魔力の込められた風だから破ることなんて可能なのさ。」
「ついでに威力も大きいから、足止めも出来て一石二鳥ですね!」
「そういうこと!」
自信家のカインにとって自慢・自己主張は快感そのものであり、謙遜は皆無に値するといっても過言ではないかもしれない。
走っていくうちにどんどん岩山が近くなってくる。近づくにつれその壮大さがひしひしと伝わってくるようだ。
幻の無くなった岩山はカインが言ったように大きくえぐられたような溝が出来ていた。溝というのは適切ではないかもしれない、むしろ岩棚、とてつもなく大きな階段のように綺麗に段を成している。村から反対の方向に向かって、縦に三つに分けたうちの真ん中をくり抜いたように、それは在った。
「よし、岩階段一段目ぇ!」
岩の階段一段目に差し掛かり、走ったまま助走をつけて思い切り踏み込む。一段目の高さはおよそ3メートルほど。カインはピロルの手を引き、岩山へと足を踏み込んむ。続いてティクも一段目を超えてきた。
ゆっくり地を踏みしめ、その感触をかみしめるようして立ち上がる。
「あ・・・ここ・・・あたしっ!」
抑えきれず感激の声を漏らす。ずっと目指してきた目的の場所、気が遠くなるようなノルマもこなし、ただひたすら望み続けたところ。
『君も見たでしょ?あのでっかい岩山。そこは周りの森と合わせて『聖羅の森』って呼ばれててね、あたしはそこに行ってみたいの。』
たとえ状況的に忙しなく踏み込んだとはいえ、実際に足を踏み入れて沸き起こる感情は抑えられなかった。
「どお?目的の場所は?」
「うん、うん・・・すごいよ・・・」
うまく言葉に表せないがこの感情が嬉しいの部類に入るだろうことだけはわかった。
『ただハッキリしてるのはあそこがどんな所なのか、どんな生き物がいるのか、どんなものが待ってるのか、それを知りたいだけ、あたしはこの自分の目で。』
そうだよ、これから確かめなくちゃ。あたしのこの目で!
「行こう!あたしもっと見たい!」
「オッケー、行こう頂上まで。」
「はい!」
三人は次の段目掛けて走り出した。二段目は一段目より若干高いが助走を怠らず勢いをつけて踏み出す。
「よっと、はいクリア。ピロル手ぇ貸して・・・」
「ありがとうございます、カイン様。」
カインは難なく着地して少し届かないピロルに手を貸す。カインの手を握ってピロルも二段目に着地した。
「ほら君も早く、置いてっちゃうよ!」
「わかってるよー!あたしをなめないでよね、これくらいの段差・・・」
ティクも助走を殺さず勢いをつけて踏み込む。
「ひとっ飛びなん―――」
バアン!
ティクが着地しようとしたその瞬間、足の着くはずだった石が大きく弾け飛んだ。
「うわぁっ!」
「――――――っ!」
弾け飛ぶというより爆発に近い衝撃でティクはバランスを崩し、足場から遠のく。
「くぅっ!」
瞬時にカインはティクに手を伸ばすも、それはほんの数センチ届かず彼女の身は下の段へと吸い込まれていった。
とっさに後を追って下の段へと降りようとするが、今度は何か見えない障壁のようなものに阻まれた。
「なにっ!」
ドンと拳を叩きつけるが魔力によって出来た障壁は振動することもない。
「しまった!これは魔法で形成された防壁!?」
「そうさ、魔玉使いの坊主。随分後輩が世話になったそうじゃないか?後輩の尻拭いは先輩の俺がやってやらんとな〜、優秀な魔法使いである俺が・・・。」
背後からの声に勢いよく振り返ると、紺のローブを白衣の下に覗かせた20代半ばほどの男が杖を片手に立っていた。口元には笑みを浮かべている。
「いった〜、おもいっきり尻餅ついちゃったよ〜・・・」
ティクは痛めたおしりをさすりながら服についた汚れを払っていた。そこに背後から足音が近づく。
「そうかいそれは痛そうだね〜、可哀想に・・・」
「・・・っ!お前がさっき足場を!?」
近づく足音はペースを崩さず、男は少し長めの前髪を邪魔くさそうにかき上げながら銃をティクに向けた。
「そうだよ。ムカつく魔玉使いのガキじゃないのは残念だけど、最初に僕にナイフを突きつけた君を標的に出来るんだ・・・まあ、それはそれで面白そうだ。」
「くっ・・・!」
怒りを込めて睨むが男は応えたふうもなく笑みを返してきた。