3、ティクの戦い
「この魔法壁、あなたの?」
コンコンと壁を叩き、立ちはだかる魔法使いの男を見据える。
「さあね、試しに俺を倒してみたらどうだ?無理だろうけど・・・」
「そういうのは後で後悔するからやめといたら?オレ今かまってあげる暇ないから。」
カインは魔玉を握り締めて男に向き直った。対して魔法使いの男も杖を召喚して前方に構えてみせる。
「さあ来い、魔玉使い!」
叫ぶと同時に駆け出してきた。杖に魔力を込めながら真っ直ぐに突っ込んでくる。
「だから、後悔するって忠告したのに・・・召喚!炎の第一魔法灼熱の熱風フレイムブレス!」
赤い魔玉から轟々たる火炎が噴出し、魔法使いを襲う。しかし魔法使いも魔法でシールドを張り、炎を受け流した。
「ふん、そんな真正面からの単体攻撃、魔法使いの俺に通用すると思うか!」
「・・・・・・」
「おっ、びっくりして声も出ないか?安心しな、すぐに楽にして―――ッ!」
ドゴオッ!
激しい音、そして次の瞬間には魔法使いの男のうめき声が聞こえた。地面が盛り上がり、男の背後から背を思い切り突いている。まるで地面の大きな拳が殴りつけたように。
「アースフック、地の第一魔法だよ・・・あんなの囮に決まってるじゃん。まさかオレがそんな安直な攻撃するとでも思ってたの?言ったでしょ、かまってる暇はないって。そして正面から突っ込んでくるにはあなたは遅すぎる、ライグよりもあいつよりも・・・」
魔法使いは気を失ってぐったりと地面に倒れこんだ。それを横目に見るとカインは踵をかえした。
「秒殺・・・」
「本当は瞬殺できたけど、無駄な力は使いたくなかったから・・・」
感嘆の声を漏らすピロルに軽く訂正を言うが、いつもの余裕に満ちた自慢声は無かった。焦っているのだろうか、カインらしくないような気もするが状況が状況なだけに仕方がない。先ほどの魔法使いとの会話も心なしか冷たさも感じたように思う。
「カイン様・・・」
魔法使いを倒した今でもなお残る魔法壁に手をやる。上部を観察するとかなり上のほうで魔法具らしきものが見えた。おそらくそれで結界を張っているのだろう。
「よし、これくらいの結界なら魔導力を込めれば破れる!」
(でも、これは完全に油断してたオレの失態だ。あのとき倒しておけばよかったのかもしれない、足止めしたとはいえ背後にもっと気を配っておくべきだった。そんなことまで忘れているなんて、オレとしたことが!あ〜っ、くそっ!とにかく早く行かないと、あの子が危ない!)
心の中で後悔の念と戦いながら結界に力を込めようとする。と、突如高く威勢のいい声が耳に入ってきた。
「これはあたしの戦い!全っ然負ける気なんてないんだから!」
ハッとして下方に目をやる。そこにはナイフを構え、果敢に銃を向ける男と対峙している少女の姿があった。
「君、正気?あきらかに君に不利なこの状況下でいきがるのはいいけどさ・・・」
「これくらいの不利なんて不利のうちに入らない。あたしはお前を倒すだけ!」
「は〜、わからないかな〜・・・大人しくしてくれればあんまり痛い目みないで済むっていうのに・・・」
「わかんない!だってあたしは、あたしの力を信じてくれたからここにいる。今まで女だからとか理由をつけて力を決め付けられてた、でも、ちゃんとあたしの力を信じてくれた。だからお前と向き合っている今、これはあたしの戦い、あたしはお前を倒して一緒に前に進む!」
少女は銃を構える男に微塵も怯えず、真っ直ぐに言い放ってみせた。
カインは結界に魔導力を込めることをためらい、逆に結界に触れている指に力が込められた。
「信じてくれたから・・・オレが・・・」
「カイン様・・・?」
隣でピロルが不思議そうに首をかしげているが、カインはいっそう指に力を込め、眼下から目を放せずにいた。今この結果を壊してはいけないような気がして、己の中のもどかしさと必死に葛藤していた。
ドガガガーン!
「うっわぁ!」
正面からの射撃をなんとか紙一重でかわす。
「今のは運が良かったから避けられたんだよ。降参しなって。」
「や、やだ!たった今啖呵きったばっかじゃん!」
(そうだ、不規則に動き回っていれば狙いも定めずらいはず!)
高く跳躍し空中で2回転ひねりを繰り出し、着地してすぐ駆けながら身をひねって急カーブ、コースはジグザグに時折側転も加えて移動する。もともと自信のあった瞬発力によって不規則な動きをすることも可能であり、短いモーションでナイフを投げることも出来るのだ。反撃の機会は出来る。
狙い通り男は標的が定まらないようで、下手に動かず目でティクの動きを追っている。しかし次の瞬間、その顔に笑みが生じた。
「確かにこれじゃあ銃弾を当てるのは大変だ。でも、こうすれば・・・関係ない。」
「えっ!」
銃の矛先は天へと向けられ、ティクがその様に気づくと同時に銃は撃たれた。
一瞬何が起こったのか分からなかった。しかしすぐに凄まじい轟音が響き、上方を見上げてそれに気づき目を見開いた。
ドゴゴゴゴゴー!
先の銃弾は上部の岩壁に向けて放たれたもので、銃弾を受けた岩壁は轟音と共に規模の広い落石を生じさせたのである。大きな岩が下に降り注ぐ。
「うわぁっ!」
「これなら逃げ場はないだろう、もっとも危険なのは君だけで僕は防御の魔法具を持っているから関係ないけど。」
「ずるいー!」
男が魔法具のシールドに守られているなか、ティクは頭を庇いながら必死に避けていく。大小様々な岩の雨によって砂塵が舞い、視界がどんどん悪くなり紙一重の回避も多くなる。
「うわっ、わわっ、ちょっと、うわぁっ!・・・いったぁ〜・・・」
拳サイズの岩が頭を直撃した。ほんのり涙を浮かべながら、動きを止めないよう堪える。
やがて岩の雨は止み、凄まじい砂塵だけが残された。
「さてさてあの子は岩の下敷きにでもなってくれたかな?その方が楽なんだけど。」
男は防御を解き、砂塵に目を凝らしながら辺りを見回す。
ビュゴッ!
鋭い音が風を切り、認識と同時に手に持っていた防御魔法具が砕けた。
「なっ!?」
反射的に銃を抜き取り音のしたほうへ発砲する。しかし後から聞こえた音は何かが砕けた音のみで、叫び声は混ざっていなかった。チッと舌打ちする。
「まさかこの砂煙の中で狙いを絞ってくるとは・・・あの小娘っ!」
「うわ〜危なかった〜・・・あと2メートル右にいたら完全に直撃だったよ〜・・・」
今だに消えない砂塵の中、大きめの岩を背に身を隠している。
(でもこれで防御魔法は使えないから、真っ向から弾かれる心配は無い。さっきのはたまたま光が反射しててそれを目印に投げたけど、残りの銃も人間自体も光るわけないし・・・せめてもう少し視界がひらければ!)
握るナイフはいつでも準備万端。しかし目標が見えなければ意味を成さない。少しでも視界が晴れたときが勝負だ。
「カイン様?ティクさん、大丈夫でしょうか?」
「さっき一直線に何か光ったから、たぶん彼女のナイフだよ。よくあの落石を避けきれたもんだね・・・」
傍らに立つピロルに視線を向けることなく、安心させるように解説を入れているが、透明な壁に置いた指先は白くなるほど力が込められていた。眼下は今だ土煙が舞い、少女も青年の姿も確認することは出来ないでいる。
『信じてくれたから』
「・・・・・・オレは、本当に何をためらっているんだよ・・・」
本来ならすぐにでもこの壁を破って助太刀にいくところなのだが、さっき少女の言った言葉が何度もカインの頭を過ぎっては、その度に力を込める手を鈍らせていた。
「カイン様!視界が開けてきました!」
「あんのガキが、出てきたらすぐにぶっ飛ばしてやる!」
カツンッ!
男の左方で微かな岩の弾ける音が鳴った。すぐに音の方向へ向き直り、瞬時に照準を合わせ、引き金に指をかける。
「そこかぁっっ!!」
激しい銃声と共に岩の砕け散る音が両脇の岩肌に反響した。しかし、次に耳が捉えた音は地を蹴る音で、男が銃身を向けている方向とは反対側から聞こえた。
「どこ見て撃ってんのかなぁ!?」
「ちぃ・・・っ!」
土煙の中から飛び出してきた少女はすでにナイフを手にし、投擲するため大きく振りかぶった体勢にあった。走る足を止めずに完璧なまでのフォームで迫る。
「やあっ!!」
そしてナイフには十分すぎるほどの間合いに入ってから、男の肩目掛けてナイフは放たれた。男は少女のフェイントにまんまと騙され、一瞬遅れた反応の中で肩を掠めながらもギリギリで回避する。その瞬間、視線がティクから逸れた。
「今だっ!」
ティクはその隙を見逃さず、右手でホルダーからナイフを抜き取ると利き足に力を込め、逆手に持ち替えると同時に一気に間合いを詰めるべく強く踏み込んだ。
遠距離や中距離からの攻撃で、ナイフは銃に比べて威力もスピードも劣る。しかし至近距離からの直接攻撃ならば話は別だ。攻撃場所によっては一撃でしとめられる。たとえリスクは大きかろうと早急に決着をつけるにはこれしかない。
ティクは狙いを定め、力を込めて振りかぶる。
「これであたしの勝―――」
「おおおおおおおおおおおおお!!」
まさにナイフが切り裂かんとした瞬間、男は雄叫びを発し、勢いのまま身をひねった。
「なっ・・・!?うあぁっ!!」
戸惑うティクの横顔を男は力任せに銃身で殴りつける。受身を取れず地面に倒れ込むティクを横目に、男は荒く呼吸しながら徐々に口端を釣りあがらせていった。
「はぁ、はぁっ・・・よくやってくれるよ、ガキが」
「くぅっ・・・もうちょっとだったのに・・・」
痛みに顔を歪めながら、手に力を込めて起き上がろうとする。まともに受けた衝撃のせいでまだ頭がくらくらしている。
ふと男の目がティクの地についている手に留まった。そしてつりあがった口端をさらにつりあがらせ、おもむろに少女の右手を自らの頭上まで掴み上げた。
「あぐぅっ!」
「やっぱり痛いんだねぇ。そりゃそうだろう、こんなにもなっているんだから」
体重が掴みあげられた右手に一点に集中する。強く握られた少女の手からは赤い滴が一滴、腕をつたって落ちた。
「こんなに手ぇボロボロにしちゃって・・・嫁の貰い手なくなるよ」
「は、放せぇっ!!」
ティクはかろうじて地上についている足をバタつかせた。男はそれを見て握っている少女の手に一層の力を込める。その度、ティクは歯を食いしばらせた。
ティクの手はタコがいたるところに出来、マメもいくつもあり、新たに出来たマメは破けて血を滲ませている。男の言ったとおり、少女の手は限界と言っても過言ではないくらいにボロボロになっていた。
「ティクさん!!カイン様、ティクさんの手が・・・っ!」
「あれは過度の練習によるものだ。あの子はここへ来たいがために、一心不乱に練習していたから、痛かろうが何だろうが技術向上を最優先させていたんだろうね」
痛みを諸共せず、ただ認めてもらいたいがために、少女はナイフを放ち続けた。ボロボロのあの手でよく今まで正確に的を射てこられたものだと、感心が半分と自分の愚かさへの嘲笑が半分。
(あの子は本当に強い。曇りの無い真っ直ぐな心も、積み重ね続けて形にした力も、本当に強い子だ。何が『人を見る目は持っている』だよ、オレは・・・)
ずっと透明な壁に押し当てていた手をゆっくりと下ろす。
「信じてみるよ・・・」
握られた右手は依然悲鳴をあげ、空いていた左手で繰り出した拳も受け止められ、足をジタバタさせながら、ティクは男の鋭い視線を真正面に受け止めていた。
「いい加減、放せっていってるでしょ!?」
「君の方こそいい加減許しを乞うぐらいのことしたら?両手を封じられて、今のお前は無力もいいところだ。散々お前のしてきたことは頭にきているけど、ガキのしたことだし土下座して謝れば少しは手加減してやろうって気になるかもしれないだろう?」
再び握る手に力を込め、タチの悪い笑みを浮かべる。ティクは苦痛に歯を食いしばりながらも、堂々と睨み返した。屈する気持ちは元から微塵も持ち合わせてはいない。
「そうかい、じゃあお前をさっさとぶっ飛ばして、上のガキにも後悔させてやらないとなぁ・・・」
先ほどの笑みとは違う鋭い視線をティクにぶつけた後、一瞬、視線を上の段にいるであろう先輩と少年の方に向けた。しかし目に入ったのは先輩の姿ではなく、生意気に笑みを浮かべる少年の方だった。
「なっ・・・!先輩が負けたとでも言うのか!?―――ぐあっ!!」
どすっという鈍い音を立てて男は地面に倒れ込んだ。
「放せって言ったでしょ!?それから余所見なんて、あたしをなめないで!!」
上から少女の怒声が降ってきた。ティクはやっと開放された手をブラブラと振りながら肩で息をする。男の一瞬の隙を付いて地面を蹴って浮いた脚にありったけの反動をつけ、渾身の蹴りを男の右即頭部に叩き込んだのだ。
「このガキが、人がちょっとでも優しくしてやるとこうだ・・・調子にのるなぁ!!」
男は乱暴に頬を拭い、起き上がりざまに一発引き金を引く。ティクはとっさに間合いを取って回避し、すぐさまホルダーのナイフに手を伸ばす。男もまた引き金にかけた指に再び力を込めた。
「終わりだあぁ!!」
「・・・・・・っ!」
ドオォン!!
けたたましい銃声が響き渡った。
「・・・うぐっ!」
最初に聞こえた声は少女のものだった。直撃は何とか回避したものの、銃弾がすぐ背後の岩を破壊した際の爆風に飛ばされたのだ。そして回避の直前に投げたナイフは男の遥か頭上を過ぎていった。
「ははっ、もうまともにナイフも投げられないじゃないか!可哀想になぁ、今度こそすぐ終わらせてやるよ!」
男の嘲笑が少女に投げかけられ、少女はゆっくりと身を起こす。腕を支えに真っ直ぐ男を睨み返した。銃口がこちらに向けられる。
「あははははは―――ッ!」
突然男の笑い声が途切れた。握られていた銃の銃身には、どこから現れたのか、一本のナイフが深々と突き刺さっていた。銃弾が込められているリボルバーにあたる部分は真っ直ぐに上から下へと貫かれている。
「なっ、なん―――ッ!」
ドドオオオォォオォン!!
今度は激しい爆音、爆風が辺りに広がった。ティクは腕で目を庇いながら立ち上がり、落ち着くのを見計らって男のいた場所に目を凝らす。
男は地面に倒れ伏し、周辺には砕けた銃身の破片が散らばっていた。
ティクはゆっくりと男の方へと足を進める。
「ゲホッ、ガッ・・・な、何故ナイフが・・・」
至近距離での爆発に相当のダメージを受けたのだろう、咳き込みながらも顔だけをあげて男は少女を睨んだ。
「確かに、お前の投げたナイフは・・・彼方へ飛んだはず、ゲホッ・・・」
「そうだよ、銃に刺さったのはあのナイフじゃない。あのナイフはあたしがあんたを蹴り倒したとき、一緒に真上へ向けて投げたものだよ」
ティクは倒れている男の傍らに立ち、淡々と説明する。そしてそのたびに男は目を見開かされた。
「じゃあ、お前は、そのナイフの落下地点と・・・僕の動きを完璧に、予測して・・・」
「ううん、流石のあたしもそこまでは無理。だから最後に投げたナイフで軌道修正して銃を狙ったってわけ。あんたがはずしたと思い込んでいたあのナイフでね」
少女の言葉に一層目を見開いて、「そうか」と呟いた後、男は気を失った。彼の傷を見る限り、致命傷になりうるものは無かったのでじきに気がつくだろう。
ティクの勝利である。
「へへ、ほらね、あたしの勝ち」