5、巨大なツルの強襲

 

 「う〜ん、よく寝た〜!」

 ベッドから身を起こして大きく伸びをした。

 窓からは朝日の光が射し、隣ではピロロが元気に「おはよう」と鳴いている。

 「おはよう、ピロロ。昨日はまた一段とグッスリ寝てたね、疲れてたのかな?」

 カインはピロロの頭を撫で、昨晩のことを思い出す。

 昨晩はあれから随分話した気がする。もともと喋るのは嫌いじゃないし、あれだけ興味津々で聞かれては悪い気はしない。そしたらつい話がはずみ、夜分のお喋りは長々と続いてしまったのだ。

 「キュイ?」

 「あ、何でもないよ。・・・って、あれ?ピロロの背中に何か付いてる?」

 ふとピロロの背に付いている白い小さな紙切れに気がついた。痛くないようゆっくりはがす。

 「えっと、これ村長からだ。昨日の帰り際にでも貼られたのかな?内容は・・・」

 『明日は君に話さなければならない事があります。なるべく早く、早朝にでも来て下さい。セントアニマルのことを知りたければ・・・』

 「セントアニマル!?ちょ、これって・・・それに早朝?」

 バッと窓を振り返る。太陽はまだ東側にあるが、日光の色はだいぶ明るくなってきていた。つまり早朝といえるかどうかの瀬戸際である。

 「やっば!オレってばなんでこの紙に気づかなかったんだろう、急いだ方がいいよね!」

 自分の不覚に舌打ちしながらもベッドから飛び降り、急いで身支度をする。

 少し長めの髪をうなじの所で縛り、白を基調とした薄手のローブを着て同系色のマントを羽織る。ピロロも慌ててカインの後をついて洗面所に向かった。

 「でもどうしてそんなに急いでるんだろう、村長?」

 

 「よっし、準備万端!行こうかピロロ。」

 「キュキューイ!」

 パンパンと頬を叩いて気合を入れなおし、カインたちは玄関へ向かう。

 玄関に着くとそこには赤い帽子の少女が靴紐を縛りなおしていた。

 「おはよう、朝早いね。今日も修行?」

 カインはその背中に向かって挨拶代わりの質問を混ぜて声をかけた。少女はハッと振り返り、カインの姿を認めると笑って返した。

 「あ、おはよう!君も朝早いね、昨日はよく眠れた?」

 「うん、おかげさまで。」

 「そっか、よかった。あ、そうそうあたし今日は修行じゃないよ、会長のところに行こうと思って・・・」

 ティクは靴紐を縛り終え、オレンジのグローブをギュッとはめる。

 「そうなんだ、実はオレ達もこれから村長の家に行くところ。」

 「そうなの!だったら一緒に行こっか?」

 疑問系の言葉にも関わらず、「行こう」と急かしているように見えた。

 カインは一つ「そうだね」と返し、扉を開けた。

 

 早朝ともなればまだ人気は少ないだろうと思っていたが、町でいうメインストリートのようなところはすでに活気が伺えた。もっぱら商人の元気な声だが。

 カイン達はそんなメインストリートから外れた小さな道を歩いていた。村長邸への道はこの小さな道一本だけらしい。

 「会長ったらね、あたしがいくらノルマこなしても行かせてくれないんだよ!それもクリアしたって軽く流してくれちゃって、『百発百中の次は二百発ですよ〜、三百発ですよ〜』ってさー。だから今日こそは行ってやろうと思って!昨日は苦労してノルマ達成したし。」

 「昨日は苦労して・・・ねぇ。」

 「なっ、昨日のナイフ事故は本っ当に偶然の偶然、滅多に無いことなんだからね!それに本当に悪かったって思ってるんだから!」

 「ふ〜ん、そう・・・」

 「何その疑いの目は〜・・・」

 からかいの混じる他愛のない会話。横をチョコチョコと歩くピロロも一緒にクスクスと笑っている。

 からかいは十八番のカインに純粋少女ティクもころころと表情を変える。怒ったかと思えばすぐ笑うし、ハイテンションになったかと思えばいきなり落ち着いた口調にもなる。

 「でもさ〜、それって村長が君を嫌いで言ってる訳じゃないでしょ?例えば本当に危険な場所だから行ってほしくないとか・・・」

 「なんとなく、あたしだってそうは思ってる。けど何だかそれって信用されてないみたいじゃない?・・・・・・いつだってそうだよ。いつもは男の子扱いするくせに、いざってときは女だからってなめられる・・・」

 「え・・・?」

 後半は声が小さくてうまく聞き取れなかった。だが先ほどの彼女となんとなく雰囲気が違うことは感じた。聞き返すのも悪そうだし、少し間を空けていると先に彼女が口を開いた。

 「アハハ、ごめんね、あたしの独り言!」

 ティクはクルッとターンしていつもの笑顔に表情を変えた。

 「えっと、会長が心配してくれてるのだって分かってるけど、やっぱり好奇心には勝てそうにないし、これでもあたしってけっこう強いんだよ。いっぱい修行してね!」

 カインは、よく解らないが楽しそうに話してくる彼女に合わせようと思った。彼女にも何かあるのだろうが、今のこの時間を楽しくと望むのなら。

 「自信満々だね〜、その勢いならゴリオンも倒しちゃう?ま、オレなら一撃だけど。」

 「そっちこそ自信満々じゃん、アハハハ。ねぇ、ピロロも口から火吹けるんだって?」

 「キュキューイ!」

 ティクが目線をピロロの方へ向けると、ピロロも元気に返事をする。

 「すっごーい、あたしも見てみたいな。ゴリオンだってどんと来いだよねー!」

 「ほお、大きく出たね〜。いったいどんな修行してきたのか分かんないけどゴリオンだってモンスターの中じゃけっこう―――」

 自信満々に話すティクに対しカインは少女に楽勝扱いされるモンスターを弁護。しかしその弁護の言葉もティクに遮られる。

 「なめてもらっちゃ困るな〜、だってこれでもあたし前に―――」

 「うわああああああー!」

 今度はティクの声が遮られた。だがその遮った声は大音量の悲鳴だった。

 「何、今の・・・会長の声?」

 「何かあったんだ!」

 戸惑うティクとピロロの横をカインは颯爽と駆けだした。半瞬遅れてティクとピロロもカインの後に続く。

 

 村はずれの村長宅。昨日は背後に大きな森と岩山が最初に目に入った、しかし今日最初に目に入ったは巨大な植物のツルがウネウネと大蛇のごとくうねっている姿だった。

 「何なのこれ・・・」

 緑の大きなツル。大蛇のようなそれは何本もありそれぞれが不規則な動きをしている。ツルは屋敷の奥にある森から現れたようだ、長い胴体は皆森の奥へと消えている。

 「か、会長は?どこにいるの?」

 「キューイ!」

 ピロロはある一点を指して鳴いた。屋敷の屋根近く、村長はこの巨大なツルに捕らえられていた。そのツルはグワングワンと大きくうねりだす。

 カインは何かを悟ったように飛び出した。

 「う、うう・・・」

 ツルに振り回される村長の頭は朦朧としているのだろう、小さく呻き声が聞こえた。

 「会長!」

 ティクが叫ぶと同時に巨大なツルは村長の体を思い切り放った。村長の体は勢いのまま屋敷の壁に向かう。

 ガッ!

 鈍い音がした。しかしその音は壁にぶつかる寸前の村長をカインが受け止めた音だった。

 カインは受け止めたときの衝撃に顔を歪ませながらも、グッタリした村長に声を掛ける。

 「村長!大丈夫ですか、しっかりして下さい!」

 「う、うう・・・ん・・・」

 相当振り回されていたせいで意識も朦朧としていた。

 「後ろ!」

 「えっ?」

 村長を抱えながら振り返るとすぐ眼前にツルが迫っていた。もの凄い速さでどんどん距離を縮める。

 「くっ!」

 反応が間に合わない。

 スパン!

 昨晩聞いた精悍な音が響いた。と同時に目の前からツルの姿は消えていた。そして同じ音が立て続けに響く。

 「ありがとう、助かったよ。凄いね。」

 ツルは深々と突き刺さったナイフによって屋敷の柱に打ち付けられている。

 「まあね、これぐらいあたしにとっちゃ楽勝楽勝!」

 自慢げにティクは片手でナイフをクルクルと回し、カインの方へ駆け寄った。

 「会長は無事?大丈夫?」

 「まあ、怪我は無いみたいだよ。」

 カインの言葉を聞いてティクは「よかった」と胸をなでおろした。しかしそれもつかの間、背後で大きな音がする。

 「な、もう自由になったの?早いよ!」

 ツルはナイフごと柱から抜き、再び大きくうねりだした。怒っているのか先ほどよりも激しい動きをしている。

 (一本目、二本目・・・これじゃ他のも時間の問題か・・・)

 大きくうねる巨大なツルは予測通り次々と自由になっていく。

 ツルをじっくり観察した後、カインは隣でナイフを構えるティクを制して屋敷周辺を見やる。

 (仕方ない・・・)

 腕に抱えたままだった村長をティクにパスすると一歩踏み出す。

 「村長と一緒に中へ、そしてすぐ終わるから出てきちゃダメね!」

 「え、ええ?ちょっと待って、あたしだって・・・!」

 戸惑うティクにピロロは誘導するように屋敷の中へ駆け込む。それを確認してティクもしぶしぶ村長をかついで中へ入った。

 カインはそれを横目で見送ると水色の魔玉を取り出す。

 「ま、今の事態を手っ取り早く収拾するにはしょうがないということで・・・」

 眼前には大きくうねる巨大なツル。

 向かってきたツルを軽く避け、水色の魔玉を地面に押しつける。

 「召喚!氷の第三魔法氷結の人形!アイスオブジェ!」

 地面に押しつけられた魔玉は冷気を帯び、一瞬にしてその冷気は辺りを包み込むほど広がる。そして巻き起こる冷気の風は一直線にツルへと向かった。

 冷気の風とツルの衝突音が辺りに響く。

 「よし、ひとまずこれでオッケーだね。やりすぎとかの苦情は受け付けないから・・・」

 カインは誰に言うともなくそう言った後、くるりと踵を返して屋敷へ入っていく。

 その背後には全身周辺ごとを氷づけにされた巨大なツルがそびえていた。

 

 

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