6、セントアニマルについて
「村長、大丈夫ですか?」
「う、う〜む・・・」
村長は朦朧とする頭を抱えながらゆっくりと身を起こす。
「はっ、あの巨大なツルは!」
突然思い出したようにキョロキョロと回りを見るが、周囲にそれは無かった。そしてなおさら混乱する。
疑問符を浮かべる村長に、カインは濡れたタオルを差し出して安心させるような口調で説明する。
「もう大丈夫ですよ、あのツルならあっちで氷りづけです。まあ二日三日は動けないでしょうね。」
窓の外を指さす。窓からはかすかに氷山のよな物体が見えた。
村長はそれを確認してホッと胸をなで下ろした。
巨大なツルの強襲は、カインによって氷りづけされひとまず収拾した。外はまだ冷気が漂う中、カイン達はとりあえず村長の屋敷に避難した。
今回の事件は場所が村はずれということもあり、パニックは免れた。
「ありがとうございました、おかげで命拾いしました。いや〜、本当にびっくりしました、まさかもう異変が来るとは・・・」
「あたしもびっくりしたよ〜、でも会長が無事でよかった〜。」
村長はハハハと小さく笑い、ティクも一緒に笑う。
しかしカインは村長の言葉のある一点が気にかかっていた。
「『もう』って・・・?」
その一言に村長の表情も一瞬真剣になる。
「・・・『もう』というのは、ある程度予期できたことでしたので。」
「じゃあ、やっぱり・・・」
確信を持てた気がした。昨日からなんとなく考えていたこと、それが今の言葉で確信を帯びる。
「やっぱりってどういうこと?」
話に着いていけないティクはじれったい思いで二人に問う。一緒にピロロもカインの足元に寄り添って同じ視線を向ける。
村長は少し考えた後、いつもの柔らかい笑みを向けて言った。
「とりあえず疲れたでしょう、お茶でもどうですか?」
「へ?えっと・・・村長?」
「ただし、私の研究所兼書庫で・・・そこでお話しましょう。」
一瞬考えてカインは村長の意図を理解し、「そうですね」と返した。
研究所ということは今までの疑問を解決してくれるのだろう。やっと旅に出た意味に近づく。
「じゃあ、あたしも―――」
「それと、ティクはここで待っていなさい。」
「え?」
行く気満々のティクの声をとっさに遮る。だがいきなりそんなことを言われて不満のできない少女ではない。
「なんで、会長!あたしだって聞きたいよ、それって今回の事件も関わってるんでしょ?だったらあたしも知りたい。」
「ダメなものはダメです!これは重要なお話なのですよ、好奇心の強いあなたが聞いてはきっとまた首を突っ込みたがるでしょう。・・・これは危険な話かもしれないのです・・・」
「でも・・・」
珍しい村長の大きな声、それだけでどれほどのことなのか解る。
村長の言うことも一理ある。しかし食い下がりたくないし、また危険だからとなめられるのはもっと嫌だった。
ティクは頭を巡らせて何かいい方法はないかと考える。
(あ、そうだ・・・!)
「わかったなら、大人しく・・・」
「ねえ、会長?」
「ん?まだ反論するのですかな?」
「うん、その好奇心の強いあたしがさ、もしこのまま何にも教えてくれないで終わったら、きっとずぅっと気になって気になって逆に首を突っ込みたがるかもよ?あたしのことだらかそれはもうすっごく。無理に首を突っ込んで欲しくなかったら話すしかないね。」
「んな!」
さらに「どうする?」とでも言うように詰め寄るティクに、狙い通り村長は言葉を詰まらせる。
カインはその光景を見て思い出す己の言動に苦笑い。
(あ〜、これ前にオレもやった手段だよ・・・)
そう、以前ゴリオンを山でライグからセントアニマルについて聞き出したときに使ったのも、今のティクが使っている手段とまったく同じものである。また変なところで親近感がわく。
「ふ〜、わかりました。ただし聞くだけですよ、ここで聞いたことは他の村人にも言わないことでいいですね?」
とうとう村長の方が折れた。ティックは小さく「よっしゃ」とガッツポーズをする。
「では、私に着いて来て下さい。案内しましょう、研究所兼書庫へ。」
村長の案内の下、カイン達は地下にある研究所兼書庫に向かった。
カイン達が案内された部屋には数え切れないほどの本が、ところ狭しと積まれていた。そのため通路も必然的に狭くなっており、一列になって進む。
「狭っ、何でこんなに本があるの〜?」
「長年の研究の賜物だね・・・」
「もうちょっと我慢して下さい、すぐ広い所に着きますから。」
少し進むとちょっとだけ広くなった場所にたどり着いた。大きめの机が真ん中に一つだけ置いてあり、その上は文字のびっしり書かれた書類が散乱している。
村長は周りの天井近くまで積み上げられた本の塔を見回し、その中から一冊の本をおもむろに取り出した。崩れるのではないかというぐらいグラグラと揺れたが、微妙なバランスを保ちきった。しかしどの道アンバランスにはかわりないので気をつけてその本を覗き込む。
「読めますかな?この本の表紙に書かれているのは現代の標準文字ではなく―――」
「『セントアニマル』・・・これは古代の魔術文字、ですよね?」
簡単に答えてみせるカインに村長は「ほう」とひげを撫でる。
「さすが、よく解りましたね。今となっては読める魔術系術者も少ないというのに。」
「修行時には散々読まされましたからね、うちの師匠の趣味で・・・」
思い出す過去に思わず呆れ顔になる。村長も苦笑い。
バンと本のあるページを開き、空気を切り替える。
「本題に入りましょう。先ほどカイン君が言ったとおりこれはセントアニマルの本です。私の進めてきた研究というのはセントアニマルに関する研究に他なりません。」
村長の言葉に本当の確信を得た。抑えようとしても心がワクワクするのが止められない。
「セントアニマル?それって何?」
先ほどからなかなか話しに乗れないティクが質問する。そんなティクに村長はため息を吐き、面倒そうに説明を付け足して続ける。
「100年に一度地上に舞い降り、決まってあるルートを通るとまた天へを戻るという伝説の動物セントアニマルには、周期というのもあります。」
「周期・・・?」
「はい、そもそもセントアニマルは上空高くで力を蓄積し、その力が溢れる頃に地上の特定の場所に出現します。その溢れた力で周囲になんらかの影響を及ぼすのです。」
ローグ村での出来事を思い起こす。ゴリオンが突然人里に降りてき、その翌日にセントアニマルは山に下りてきた。確かにその異変がセントアニマルが舞い降りる前兆と考えておかしくない。
「そして、その力の蓄積時間は曖昧ではありません。ちゃんと場所場所によって時間が決まっているのです。そしてその期間こそが次にセントアニマルの降りてくる目安。」
「わかるんですか!?不定期じゃないということは予測がつくんですよね?」
机に手を突き、身を乗り出す。
「私の研究をなめてもらっては困る。姐さんのため、身を削る思いで研究してきたのですから。それに言ったでしょう、ある程度予測していたと・・・」
自信ありげにひげを撫で、またおもむろに本の塔から一冊引き抜く。
「この本にまとめてあります。これからセントアニマルが訪れるであろう場所と、地上に降りるまでの時間。そしてローグ村からこのカンド村へ降りてくる期間は・・・」
「期間は・・・?」
「10日。」
「・・・10日。」
ローグ村を発ったのは6日前、セントアニマルに会ったのがその1日前、ということは次に地上に降りてくるのは3日後。
ん?ちょっと待てよ・・・
「あの、ちょっとおかしくないですか?」
「え、どうしたの?何か変だった?」
カインには一つの疑問が浮かび上がったが、ティクはまだ気がついてないようである。
今までの話と記憶のずれ・・・
「だってセントアニマルが次に降りてくるのは3日後のはず、でも異変が起きたのは今日です。前はせいぜい前日だった・・・だから影響を受けたにしても早すぎるのでは?」
「確かにそうですね、いくら予測であってもずれすぎています。」
村長は驚くでもなく簡単に肯定する。そして適当に本のページをめくりながら答えた。
「セントアニマルは影響をあたえることはあっても簡単に影響を受けてしまう存在には思えません。蓄積された力は異変になる前でも日が近づくにつ、多少は流れています。」
何かを確信したように淡々と語り始めた。カイン達はただそんな村長の言葉に耳を傾ける。またなんとなく空気が変わった気がした。
「ここカンド村でセントアニマルが現れる場所はこの屋敷の後に位置する広大な森、『聖羅の森』です。ずばり言いましょう・・・」
ためらうように少し時間を置く。その時間は短くても思考を進めるには十分な時間だったらしい、カインの頭の中でも何かが連想された。
「聖羅の森でセントアニマル以外の異変が起きています。」