5、本気と本音
「魔法と、科学の融合?それって魔力回路のこと?」
「まあそうだな、俺は魔力を供給して、自らの科学で魔法へと変えるんだ!」
カルゴは杖をまるで棒術でも扱うように振り回す。残像を残して軌跡を描く杖の先から次々に光の弾が放たれた。カインはそれを器用にかわしていく。
「魔力を供給するって、こんなこそこそしている奴らに誰がいったいどうやって!?」
「簡単なことだよ。魔気族である奴から貰えばいいだけのこと!」
攻撃を繰り出すカルゴと、全てを回避してみせるカイン。言葉を交わしながらの攻防であっても、二人の動きはまったく支障をきたしていない。
「そう・・・じゃあ、その魔法もなんだ?そんなにも威力が高くて豊富な魔力を持っているなんてどんな奴なんだろうね?」
「君も知っているよ。だってさっき倒していただろう?」
「・・・・・・っ!」
再び目を見開く。すぐに思い至った人物はついさっき倒したばかりの男。カインが倒したに他ならない魔法使い。しかしあの男からはそんな魔力は感じなかった。ならばなぜこんな威力を出せる?
「『塵も積もれば山となる』って言葉があるだろう?たとえ貧弱な魔力でも毎日貰えるだけ貰えばそれなりの量になるってことだ。一晩眠ればだいぶ回復するしな」
「なっ・・・!?」
目前に迫った光の弾を、カインは回避せず力を込めた魔玉で叩き落した。そのままカルゴに向かって正面から突っ込み、放たれた弾は全て勢いを殺さないよう紙一重でかわす。
一気に間合いを詰め、振り回されている杖を受け流し、カルゴの舌打ちを無視してカインは胸倉を乱暴に掴んだ。
「それがどういうことかわかってんの!?魔気族からギリギリまで力を奪うってことがどういうことか!?」
低く据わった声。ギッと男の目を睨みつける。胸倉を掴んだ手に力を込め、感情を必死に押し込めるように詰め寄った。
「どうしたんだ?さっきまでの余裕は何処へ行った?」
「はぐらかさない!魔気族にとって力は精神と同じ、過度の消耗は命に関わるんだ!」
カインの剣幕に動じることなく、カルゴは不適に笑みを作った。
「なんだ、その口ぶり・・・・・・もしかして、君は過去に経験があるのか?」
男の杖が閃光を放ち、とっさにバックステップで後退する。直後、最初に放たれたものと同じ爆発が巻き起こった。
「ごほっ、げほっ、すごい砂煙っ・・・ピロルは大丈夫?」
「はい、もう慣れっこですから・・・けほっ」
爆風で巻き上げられた砂煙に咳き込みながら、戦っているはずの二人の姿を必死に探す。離れた場所にいる自分達ですらかなりの衝撃波が来たのだから、至近距離だったカインは無事だろうか?
「ねぇ、ピロル?さっきカルゴが言った言葉に、その、何か様子が変わったように思ったんだけど・・・あたしの気のせい?違うよね?」
「カイン様ですか・・・」
ティクの質問にピロルは俯き、口を開こうとするも躊躇ってつぐんだ。
カインは普段あまり激しく感情を出したりはしない。大げさに振舞ったり、からかったり、自慢げに話したりするときだってそうだ。いつも、どんな時だって余裕をみせるように明るく振舞うカインだが、先程は必死で感情を押さえ込もうとしているように見えた。彼の珍しい姿の理由、すぐに思い当たった。だが・・・
「ティクさん、やっぱりすごいです。気のせいじゃないですよ、よくわかりましたね。でも・・・理由はカイン様自身から聞いて下さい。いろいろ、あるんです」
「ピロル・・・・・・」
「さ、今は応援ですよ、ティクさん」
砂煙が晴れて視界が開けると、そこには衝撃によって出来た瓦礫がごろごろと転がっていた。見える人影は術を放ったカルゴ本人のみ。しかしピロルの目は、カインを信じて疑わない真っ直ぐな瞳だった。
「おっと、見当たらないようだけどどこかに転がっているのかな〜?最後まで俺の野望聞いてほしかったんだけど、これじゃ無理か・・・」
バアン!
肩をすくませるカルゴの傍らの岩が弾けとんだ。飛散する破片の中で白いマントが翻る。
「召喚!水の第一魔法水流の牙、アクアファング!」
カインの右手に握られた青い魔玉が光を放ち、研ぎ澄まされた水の刃を形成、魔玉を瞬時に短剣へと変えた。カインは水の短剣を握り締め、横なぎに振りぬく。
「くっ!」
カルゴは防御するためとっさに杖を構えたが、そこにこそカインの狙いがあった。
カランッ!
杖は水の刃によって静かに両断された。切断された下半分が地に落ち、金属音を鳴らしながら足元に転がった。最初からカルゴ自身ではなく杖を狙っていたのだ。
「水は岩であろうと鉄であろうと傷つけることが出来るんだ。どう?これで魔法を使える手段は無くなったんじゃないの?」
「地の魔法で防御し欺き、水の魔法で相手の攻撃手段を奪う。なかなかじゃないか」
確かに杖は壊れた。しかしカルゴの余裕の口調は変わらない。カインは警戒を解かずにカルゴの一挙一動に睨みをきかせた。
「君は忘れちゃいないか?俺は科学者でとっても頭がいい・・・」
「それで?」
「これくらいの事態を想定していなかったとでも思ったか?」
残った上半分の杖をおもむろに岩に叩きつける。砕けた杖の中から魔力回路の核ともいえる部品を取り出し、懐へと突っ込んだ。カインは次の動作へ移る前に攻撃を加えようと踏み込むが、コンマの差でカインの額に銃口が突きつけられた。
「もしもの対処法くらい心得ているんだよ」
「ちっ!」
とっさに首をひねって銃撃を回避する。カルゴの手に握られていたのは、ティクが倒した男の持っていた銃に酷似していた。
「さすがにあいつから貰った魔力はさっきので使えなくなったからな。次のものに移させてもらうよ」
「次の?」
「そう、丁度今さっき手に入ってな。そいつからこの銃に付いているアンテナを介して魔力を頂くんだよ」
「そいつ!?」
カルゴの口が気味悪くつりあがった。
キイイイィィィィイイィィイ!!
けたたましいほどの甲高い声が広い試験場に木霊した。人間ではない獣の声。何かからもがくような苦しそうな声だ。明らかに近くで鳴いている。
必死に視線を巡らせ、耳を澄まし、声の元をたどる。しかし四方の壁も天井も全て岩で覆われているだけで変わった場所はない。軽く舌打ちをするカインを見て、カルゴは銃の先を壁のある一点に向けて放った。
音を立てて砕けた壁の向こうには強化ガラスで出来た壁。その更に向こうに声の主がいた。銀色の毛並みに鋭い瞳、二本の長い角を揺らし、四肢に鋭い爪を備えた獣。首に何か装置のようなものを取り付けられている。
「たしか名を・・・『セトア』といったか?セントアニマルの系譜の末席に名を連ねると言われている」
「・・・・・・っ!?」
一瞬耳を疑った。セトアとは村長の話していたあのセトアのことだろう。この森を守護する、人間と契約を交わしたとされる神聖な獣だ。そのセトアが今ここに囚われていて、魔力を奪われていて、あんなに苦しそうな声を上げている。何故?
「どういうこと?どうしてセトアがここにいる?」
「よくぞ訊いてくれました。俺が撒いた餌にまんまと食いついてくれちゃったんだよ」
「餌って・・・」
「君らが倒したツルの化け物、あれここの生き物じゃないんだ。俺が育てた培養生物を放っておびき寄せたんだよ、外からの進入を嫌うあいつをさ。で、そこを俺の技術で捕獲して、魔力を分けてもらうことにしたってわけだ」
「なんてことを・・・」
笑い話のように言ってのけるカルゴに、カインは奥歯をかみ締めた。分けてもらう?セトアは苦しんでいるのに?
「しっかし、よっかたなぁ本番前に確かめることが出来て。あの装置もともとセトアのために作ったんじゃないんだ」
淡々と言葉を連ねていくカルゴ。セトアのためじゃない装置、そんなものをこんなところに持ってくるなんて理由は・・・
「そういえばまだ俺の野望を言っていなかったな。俺の野望は・・・」
カインは小さく息を吸い込み、魔玉を握る手に力を込めた。カルゴの言葉の先が、何となく思い浮かぶ。それはけしていいものじゃない。
「あの装置にセントアニマルを入れて、俺の科学で完璧にその力を制御してみせることだ!生き物の頂点に君臨すると目されるセントアニマル!その力を借り、この俺が制御する!つまりそれはどんな科学でも魔法でも俺を越えることの出来ないことを意味する!頂点に立つんだ!科学と魔法、そして二つの共存と融合の最高を成し遂げた俺は英雄ってわけさ!アハハハハハ!」
野望を語る男はまるで半狂乱に陥ったかのように高笑いをする。それはセトアの声すらかき消すように高らかに響き渡った。耳に障る気味の悪い声に他ならない。
ビュゴッ!
高笑いするカルゴの鼻先を炎が掠めた。反射的に前方に立つ少年に目を向ける。少年は顔を下に向かせているため表情を読めない。赤く強い光を放つ玉を手でもてあそびながらゆっくりと近づいてきた。
「あ〜あ、やっぱりこういう人がいちゃうから、ライグみたいなお堅い守護者が付いちゃうんだね」
「何独り言を言ってんだよ。せっかく人が気持ちよく笑ってたのに」
「こっちにとっては耳障りなだけだから中断してもらったつもりなんだけど?」
カインが魔玉を持った腕を払うと、再び玉が赤い閃光を放ち、巨大な炎弾がカルゴを襲う。銃の引き金の下にあるボタンを押してシールドを張り、カルゴは炎弾の消滅を狙う。
「むっ、くぅっ!」
しかし炎弾は消えるどころか勢いを増し、シールドと相殺してみせた。
「やるじゃん、ちょっと今のは俺もびっくりし―――」
「何が英雄だって?共存?分けてもらう?何のこと?」
カルゴの言葉を遮り、今度はカインが淡々と語りだす。手には複数の魔玉を持ち、カルゴの数メートル手前で足を止め、下に向けていた顔を上げて真っ直ぐ睨みつけるように見据えた。
「お前のやろうとしていることは英雄伝なんかじゃない。協力でも共存でもない。利用と支配だ!」
指先で弾かれた青の魔玉が閃光を放ち、カインの詠唱とともに巨大な水流を巻き起こす。大蛇のようにうねり空中で弧を描いた後、一直線にカルゴへ向かった。
「最初は魔気族じゃない人に本気出すのは気が引けてたけど、もう吹っ切れた。手加減なんかいらないってわかったよ!」
「言ってくれるじゃないか、小僧!」
放たれた魔法弾と水流がぶつかり合い、小規模な爆発を生む。爆風に煽られながら互いに間合いを取り、それぞれの武器を構えなおした。
「でもいいのか、小僧?そっちがでっかい術使うたびに俺はセトアの魔力で防御するから、セトアも相応の魔力を消費していくことになるぜ?」
「似非英雄め・・・」
「ピロル、ここで待っていて。やっぱりあたし行くよ」
「ティクさん!」
ナイフを手に踏み出そうとするティクの腕をピロルが掴む。それでもティクはその手を優しく振り払い、一歩踏み出して振り返った。
「だってじっと見てるだけなんて出来ないよ。あたしはここへ彼を助けに来たの、それにあんなひどい奴が目の前にいるのにぶっ飛ばさないなんて気が治まらない」
「でも、ティクさんは手を!」
「上手なテーピングだよね、全然痛くないんだ。だから行くね」
「ティクさん!それでもカイン様はティクさんのことを案じて・・・っ!」
必死に訴えるピロルに、ティクは優しく微笑んで前へ向き直った。ピロルの言いたいこともわかっている。それは嬉しいことでもあり、また少し辛いことでもあった。
「ごめんね、ありがとうピロル」
いつでも投擲できる体勢のまま駆け出した。白いマントを翻す背中の隣を目指して。
「召喚!氷の第三魔法氷結の人形!アイスオブジェ!」
冷気が地を這ってカルゴに迫る。対してカルゴは銃で両足を叩き、高く跳躍した。冷気は標的に当たることなく滑り、回避したカルゴ自身は空中に留まったままだ。
「飛行魔法まで!・・・オレ持ってないのにちょっと羨ましいじゃん」
小声で本音を漏らしながら互いに次の動作に移る。
「防御させないためにまずは動きを奪おうってことか。見え透いてんだよ!」
ビュゴッ!
カルゴの頬のすぐ横を風が切っていった。悪態をつきその根源に向き直る。
「ああん?君も加勢するのか?」
「ぶっ飛ばさなきゃ気が治まりそうもないから」
両手にナイフを構えた少女が参入した。瞳はカルゴと同じ黒で魔気族ではないが、部下を倒した実績のある少女。ナイフを持った手には痛々しく包帯が巻かれていた。
「痛そうだな、その手。俺がしょうがないからさっさ終わらせてや―――」
「召喚!風の第六魔法風神の檻!エアケージ!」
カルゴの気が一瞬だけ少女に逸れた瞬間、カインの術が発動した。風はカルゴを取り巻き、あっという間に捕らえてしまう。風が四肢を絡めとり、完璧に拘束する。
「ちっ!こんな風ぇ!!」
「うわぁ、すごい・・・・・・わっ!」
「こっちへ」
感嘆の声を上げるティクの腕を引いて、カインは近場の岩にいったん身を隠した。
「言ったはずなんだけど?ここはオレに任せて君は下がっていてって」
「うん、確かに言われたよ。でも、やっぱりただ見て待っているだけなんて出来ない!」
「だからって、相手が悪すぎる。規模も威力も並の術者より上なんだよ」
「それも聞いた。けど相手が強いから引くなんて理由、あたしを止めておく理由としては足りないよ。あたしだって頭にきてるんだから、ぶっ飛ばさせてよ!」
「だ・か・ら!相性ってもんがあるでしょう?手だって治ったわけじゃないないのに!」
「〜〜〜っ今!あたしはこのパーティーの一員で、君の相棒なんだよ!なのに隣に立たせてくれないわけ!?」
「・・・・・・っ!」
流石のカインも言葉につまった。カインの言うことは正論だが、ティクの訴えたことも正論なのだ。パーティーに誘ったのは自分、相棒の位置に招いたのも自分、だが一向に立たせようとはしていなかった。相棒であるなら立っていたっておかしくない位置から、彼女を遠ざけていた。それも無意識のうちに。
「助けられてばっかりの、守られるだけの女の子なんて嫌だよ!ちゃんと君の背中守るし、君のことだって信じるから・・・あたしのことも信じてよ、さっきみたいに」
そうだ、さっき気づいたばかりじゃないか。さっき自分を叱ったばかりじゃないか。なのにまた同じことを繰り返そうとしていたのか?決めただろう、この子の力を信じようって・・・一途に自分のことを信じてくれているこの子のことを、今度は自分が信じようって・・・
―――何を一人にこだわっていたんだ?力を貸してくれる人がいてくれるのに。これじゃ、あいつのこといえないな・・・
「大丈夫、最低限足手まといにはならないから!あたらさんに比べたら、ちっぽけかもしれない力だけど、無いよりはましだと思うよ。セトアもきっと早く助けられる」
「ああ、そうだね。それから、ありがとう、ごめん」
「え?」
「このことは後でちゃんと話すよ。だから今はさっさと片付けちゃおうね、相棒さん」
「・・・っ、じゃあ!」
ティクの表情にパアッと光が差した。カインはティクに振り返って笑う。それはスイッチの入ったときの不適でどこかひねくれた笑みだった。そしてそっと耳打ちする。
徐々に風が止み、風音も静かになっていく。
「今言ったとおりに出来る?」
「もちろん!」
「よし、じゃあ行くよ!ティク!」
「了解、カイン!」
二人は同時に岩陰から飛び出した。気に留めるものはもう何も無い。ただ隣に立つ相棒のことを信じて。