6、守護者再臨
『よし、じゃあ行くよ!ティク!』
『了解、カイン!』
―――君は、君なら、君だから、大丈夫
―――信じよう
カインとティクが岩陰から躍り出たと同時に、風の檻は揺らぎを大きくした。
「こんのぉっ!!」
カルゴは魔法銃を真下に撃ち、巻き起こった爆風で、自らを拘束している風を振り払った。
「こんな小細工が長々と通じるわけがないだろう。甘いんだよ、小僧!」
完璧に怒ったカルゴの睨みを無視してカインは次の魔玉を取り出した。色は紺青のような青。水を司る純水の色である。
「召喚―――」
「させるか!」
銃口を詠唱に入ったカインに向ける。通常の術者より呪文が長いことが、魔玉使いにとって一番の弱点ともいえるのだ。そこをカルゴが見逃すはずも無い。
ビュゴッ!
引き金の指に力を込めようとした瞬間、またもやカルゴの頬をナイフが掠めた。
「あたしもいることを忘れないで!」
掠めたナイフに舌打ちをする間に、少女は一気に間合いをつめて左手のナイフを振り下ろす。銃身で受け止める暇も無く、何とか体をひねってナイフの切っ先をかわした。
「ちっ!(この小娘、速い・・・っ)」
「だあっ!」
再び右手に補充したナイフでカルゴに切りかかる。カルゴもとっさに銃口の先を少女に合わせなおすが、少女は半瞬早くそれを察知してバックステップで距離を置いた。
「多少距離を置いたくらいでかわせると思うな!」
「じゃ、かわす気なんて無かったら?」
落ち着き、また余裕を取り戻した少年の声。白に緑の縁取りを施されたマントを翻し、カインはカルゴとティクの間に割って入るように降り立った。煌々と輝く青い魔玉を手にして。
「ティアーズアロー」
詠唱の最後の一声を唱えた。それと同時にカルゴも引き金を引いた。
瞬時に形成された拳より一回り大きい無数の水の矢。それらは四方八方に四散し、真正面にあった一つが銃弾と相殺した。
「俺をかく乱させて不意をついて攻撃ってか?さっきの戦法といい、だまし討ちが好きなんだなぁ!」
「わりとね・・・・・・でも」
パリーン!
甲高いガラスの割れる音。岩に囲まれたこの部屋でそんな音が響くのは一箇所だけ、セトアの幽閉されているその部屋だけである。
カルゴは瞬時に悟り、そちらを凝視した。さらに嘲笑うかのような少年の声が降りかかる。
「もとから狙いが貴方じゃなかったとしたら?似非英雄さん?」
「またそれかよ?力の源をまず叩く・・・まったく芸がないぜ」
一瞬驚きの表情はしたが、それは本当にわずかの間だった。カルゴはすぐにもとの気味の悪い笑みに戻り、焦りも見せずに銃口を再びカインに向けた。引き金に指をかけなおす。
「結局壊れたのは隔てていたガラスの壁のみ。セトアの首に装置が付いているかぎり何にも変わることは無いんだ。この俺が、見す見す装置を外させる隙を与えると思うか?」
「・・・・・・・・・」
「外させる前にお前らを始末してしまえば簡単にすむってことだ!」
そして魔法銃の引き金が引かれた。
勝った―――引き金を引いた瞬間、確かにそう思うはずだった。当たり前のことのはずだった。だがしかし、カルゴは逆に冷や汗に似たものを覚えた。こんな場面ではありえないことなのに。
そう、目の前の少年だ。少年は顔を下に向かせているので、表情は隠れて見えないはずなのに、それなのに・・・・・・口元に笑みを見た気がしたのだ。
カチリ・・・
響いたのは、小さな引き金の音だけだった。今度こそカルゴの余裕は引き剥がされ、目をこれでもかというくらい見開いた。引き金を何度引いても空しく音を鳴らすだけだった。
「どういう、ことだ?・・・何をした!?」
「何をって・・・見てのとおり、セトアの首輪を外しただけだよ」
「そんなわけあるか!?いったいそんな暇は―――」
カルゴの言葉は途中で切れた。彼の視界に入ったのは、少年の後に庇われていた少女の勝ち誇った笑みだった。そこで全てを悟る。
「そう、あたしはカインが術を放つと同時にナイフを投げたの。だから水の矢が壁に穴を開けた瞬間にナイフは進入して、セトアの首輪を切ったってわけ・・・つまりお前が余裕に浸っていたときには、すでに力を失っていたんだよ」
「そういうこと。ロスを限りなくゼロにした連係プレイってことだね」
してやられた。こんなまだ十五にもみたない子供二人に、してやられた。カルゴはギリリと歯をかみ締め、表情を一番の歪みに変える。
「ちくしょう・・・・・・なるほどね、君が彼女の前に割って入ったのも、ナイフを投げる姿を四角にして欺くためってのもあるんだろう?まんまとやられたな・・・てっきり小娘の方がサポート役かと思ったら、逆にメインの攻撃は彼女の方だったわけか」
「ま、そんなとこ。オレって意外とサポート上手なんだよ、昔から」
「だが、セトアが装置を付けていたのは首だ。外せば致命傷は免れない。よくそんな小娘に任せられたな、正気の沙汰じゃない」
「いいや、正気だよ」
まだ悔しさに拳を震わせているカルゴに、カインは一歩だけ歩み寄った。ひたすら睨み続けているカルゴの視線を真正面から受け止め、迷いの欠片も窺えない態度で口を開く。
「オレはティクを信じてたから。大丈夫、ティクなら必ずやってのけるって」
「カイン・・・・・・」
くるりとティクの方を振り返って「相棒だもんね」と、笑ってみせた。ティクもそれに顔を輝かせて、大きく頷いた。
「ガキどもが・・・っ!」
乱暴に魔法銃を投げ捨て、一歩二歩と視線をそのままに後退する。
「さあ、あたしにぶっ飛ばされる覚悟はできた?手加減はしないよ、もちろんグーで」
「はは・・・まさか本当に切り札に頼ることになるなんてな・・・」
「は?切り、札?」
カルゴはおもむろに袖から何かカプセル状のものを取り出し、思い切り地に叩きつけた。カプセルは割れ、金色の閃光が彼らを包み込む。
とっさに目を瞑ったのにほとんど効果のは無かった。それほど強い光が治まり、次に目を開けたときは逆にその目を見開く。最初に目に飛び込んできたのは光と同じ金色だった。
「これって・・・絵本で見たフェニックス?」
「ほぼ当たりだよ、嬢ちゃん」
神々しい金色の翼を持った巨大な鳥。大きさはゴリオンよりも一回り以上大きい。だがまるで風に煽られる炎のように時折姿が揺らぎ、翼の端などは半透明になっている。
「エネルギー体を鳥の形に形成し、より凝縮させた魔法だね?」
「そう、俺の最高技術によって成功させたんだ。威力は高等魔法となんら変わりないぜ」
「子供相手にえげつない大人だね。ま、なめられるよりはマシか・・・」
一歩、カインが前に出た。今度は赤い魔玉を取り出し、手の中で遊ばせる。
「さあ、覚悟を決めるのはどっちだろうなぁ?甘いんだよ、子ぞ―――」
カルゴは何かを感じ取り、ひゅっと息を呑んだ。
空気が、揺らぐ。空気が、ざわつく。頭上の鳥によるオーラではない。ただ、異様なまでに空気が、一瞬でその性質を変えたかのような、錯覚を覚えた。
そう、以前守護者のライグと対峙したときの様に・・・
「くっそ、何だってんだよ!くらえ!」
カルゴの声とともに、魔法で出来た鳥はカイン達に向かって突っ込んできた。今までの魔法とは迫力も威圧感も何もかも桁が違う。あれを受けたら、間違いなく立ってはいられないだろう。
しかし何故か、恐怖心がティクには湧かなかった。わからない、でも何となく、目の前の背中を見ていたからなのかもしれない、と後で唐突に思った。
白いマントをなびかせて、悠然と立っている少年の背中―――
「召喚・・・炎の第一魔法・・・」
赤い魔玉が金色の光に負けないくらい輝く。
「業火を纏いし双頭の龍神・・・」
魔玉を指で前方に弾き飛ばす。その瞬間、炎が吹き上がった。
「ドラゴンズクロスフレア!」
灼熱の業火を纏った赤い双頭龍が宙を舞い昇り、金色の不死鳥を飲み込んだ。
散乱する瓦礫の山々。岩の壁はボロボロに砕かれ、その向こう側に隠されていた実験施設と思しき部屋も、例外無しに壊滅状態となっている。
転がる岩の影に立っているのは少年と少女。彼らの視線の先には男が一人、倒れていた。
「さて、甘いのはどっちの方だったかな?」
「げほっ、こりゃ本当に驚いたぜ・・・小僧、ごほっ、ごほっ!」
仰向けに倒れながらカルゴは変わらぬ口調で言葉を紡ぐ。
「大した小僧だ、仲間にほしいくらいな・・・げほっ、俺のフェニックスを食らうだけに留まらず、はあ、はあっ、全部破壊していきやがった・・・」
「いっそ諦めたついたでしょう?感謝してもらいたいね」
「はは・・・あんだけの術を使っといて、息一つ乱してねぇの・・・」
高等召喚魔術を使ったにもかかわらず、息一つ乱していないカインに対し、倒れているカルゴは肩で荒く息をしている。
カインはそんなカルゴに歩み寄った。
「じゃ、オレの勝ちってことで・・・ティクの鉄拳は覚悟しといてね。痛そうだから」
「ああ、本当に痛そうだ・・・だから俺も今回はこれで勘弁してやるよ・・・」
「は?何言って―――」
「じゃな、小僧ども」
直後、カルゴの体が光を放って消えた。跡形も無く。ティクは目をぱちくりとさせ、カインは悔しさのあまりその場の地面を力いっぱい蹴った。
「あ〜もうっ!あいつワープ魔法なんてまだ隠し持ってたんだ!やられた!」
「えっ?それって逃げられたってこと!?」
ようやく事態を把握して怒りをあらわにするティクである。彼女の参戦理由にカルゴをぶっ飛ばすという項目があったのだから、当然と言えば当然の反応だ。
しばしカルゴのいた所を二人は力いっぱい睨んでいた。
悔しい。本当に悔しい。最後の最後で逃げられるなんて、逃げると言う手段があることに気づかなかったなんて、まるでカルゴにおちょくられたような気分だ。
「ま、今更何を足掻こうが手遅れか・・・」
「ねえ、カインのワープ魔法で追いかけられないの?」
「無茶言わないでよ。ただでさえ消耗の激しいワープ魔法で、自分以外に二人抱えて、消えかかっているわずかな魔力の軌跡を探って、遠くまでワープなんてしたら、流石のオレでも参っちゃうっての」
「うう・・・わかったよぉ・・・」
しぶしぶ了承するティクに笑いを覚えながら、セトアが捕らえられていた場所へ目を向ける。首謀者は去り、根源たる施設も破壊したとあれば、一番の気がかりはやはり囚われていたセトアだった。
「カイン様―!セトアさんは無事ですよー!」
「ピロル!」
よく見てみればセトアの傍らにピロルが立っていた。きっとうまく保護してくれたのだろう。ほっと胸を撫で下ろした。
自然と足をそちらへ向ける。その後をティクも追いかけてきた。
とりあえず一件落着としていいのだろうか?歩きながらぼんやりと考える。そして次に気になることも出来た、というより思い出したのだ。
そういえば、あいつがいない・・・
「キイイイィ、キイィ」
「とりあえず礼を言うぞ、人間共よ・・・・・・だそうですよ、カイン様、ティクさん」
「どういたしまして、セトア。あたしもあなたに会えて嬉しいよ。・・・それにしてもよく言葉がわかるよね」
「僕も似たような存在ですから、一応は」
ピロルは器用にセトアの言葉を翻訳してみせた。その度にティクも感嘆の声を上げる。
セトアは幸い、外傷はほとんど無く、奪われた力も多少だったため大事には至らなかった。素直にそれは喜ぼう。
「ピロル、ティク、ちょっとここで休憩してから動こうか?オレその間にその辺調べてくるから」
「え、だったらカインも休もうよ。それに調べるならあたしも―――」
「オレほとんど疲れてないもん。ティクが頑張ってくれたからさ」
「・・・・・・それは、まあ、えっと」
「それにこればかりは魔術とかそっち系の知識がないと無理だから。それともわかる?」
「う、それは流石にあたしも無理っぽい。わかったよ、せいぜいセトアと仲良くなってるから!」
「はいはい」
ティクはそう言ってピロルのもとへ走って行き、通訳を頼んで会話し始めた。人間以外の生物と話すことに、何の抵抗も意識も感じさせないのは流石といったところか。じつに生き生きと会話を楽しんでいる。そんな様子を見ているとつい口元がほころぶ。
「はっ!オレ何してんだろ!調べもの調べもの!」
気合いを入れなおして床に散らばっている文献の一つを手に取った。砂を払ってパラパラとページをめくると、走り書きのように文字がびっしりと書き込まれていた。ざっと目を通してわかったのは、専門中の専門知識の塊であり、理解がかなり困難なこと。
「とりあえず最後の鳥の魔法は、オレの魔玉と同じ要領で科学的に回路が組まれていたってことか・・・って、それしかわからない」
カインもけして頭が悪いわけではない。むしろ魔玉使いの読む魔導書は、通常の魔法使いが読む魔法書の倍は難しいといわれている。それくらいの知識が無くては勤まらない職業なのである。なのではあるが、これはそれぞれの専門知識をまとめたような、とにかく難しすぎる文面なのだ。
イライラして頭を掻いていると、ふと瓦礫の陰に階段らしきものを発見する。
「もしかして上に繋がってるとか?オレが壊してなきゃいいけど・・・」
少し様子を見るだけならいいだろうと、一度ティクたちの様子を窺って階段を上り始めた。
階段は多少破損しているものの、ずっと上まで伸びていた。崩れないように一段一段慎重に上っていく。流石に照明は消えていたが、おかげで出口らしきものの光がすぐにわかった。自然と歩調を速める。
「そういえば、あいつ何処にいるんだろう?ここがこんな大変なことになっているのに、これじゃあ意味が・・・」
まるで地下シェルターの出口のように、上に備え付けられた扉を力いっぱい押し開ける。光はこの扉の小さな窓から漏れていたものだった。淵に手を掛け、反動をつけて体を押し上げた。
「どれどれ・・・・・・え?どわっ!」
見回してすぐ目に飛び込んできたのは大きな炎の塊だった。とっさにもとの通路に身を引っ込めると、その頭上を凄い勢いで炎が通過していった。
「な、何今の?」
今度は警戒気味に頭を出してみると、違うものが目に飛び込んできた。風になびく銀色の髪と、紫色をした鋭い少年の瞳。それを確認すると、カインは勢いをつけて今度こそ完全にその地へ降り立った。
「ここにいたんだぁ・・・久しぶり、でもないかな?ライグ」
「また貴様か、だから教えたくなかったんだ」
ちっと聞こえるように舌打ちをする守護者の少年ライグ。それに対し、さきほどの疑問が解決して少しすっきりした様子のカインだ。
「堂々と嘘を吐くとはいい根性だな、魔玉使い?それから、貴様に名前で呼ばれるいわれはない」
「いいじゃんそれくらい。それにオレにはカインっていう・・・って、そういえばまだ名乗ってなかったのか。オレはカイン・ヤグっていうんだ、よろしく」
「ふん。ならばヤグ、貴様もこいつらに加担しているとあらば容赦はしないが、どうなんだ?」
「こいつら?」
そこで初めて周囲の惨状に気がつく。改めて辺りを見回してみると、そこには奴らの仲間と思しき連中が死屍累々と転がっていた。ざっと見ても十人以上はいる。そしてセントアニマルに使うつもりだったのか、巨大な何かの装置の欠片がごろごろと地面に突き刺さっていた。最初の爆発音はこの所為だったのかもしれない。
「うわぁ、流石というか何というか・・・・・・」
で、肝心のライグ自身はほぼ無傷で疲れすらも見られない。
「それで、どうなんだ?」
「あっ、オレは違う!こんな野蛮なことこれっぽっちも考えちゃいないから」
「貴様、嘘を吐いた前科があったな?まさか今回も―――」
「違うってば!むしろ首謀者やっつけてやったのオレだから!」
ライグとはやりたくない。杖を突きつけられ、切実にそう思った。彼の実力はこの惨状が物語り、自分自身も十分理解させられているのだから。負ける気は無いが、やはり痛いのは嫌だ。
「本当だろうな?ヤグ、これで嘘だとわかれば手加減は無しと思え」
「本当だって!疑うんなら下の階を見てくれば?下の施設は壊滅させてきたからさ」
「・・・・・・ふん、仕方ない。貴様の言っていることが本当ならば、不本意ではあるが貸しを作ってしまったことになる。不本意ではあるがな」
「そんな二回も言わなくたって・・・」
とりあえず戦闘はまぬがれたようだった。カルゴを倒した(正確には逃がしたが)ことによって貸しが出来、今回は見逃してくれるらしい。少しだけカルゴの存在に感謝してしまった。
ホッとカインは胸を撫で下ろした。その瞬間―――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
激しい地鳴りが響き渡った。まるで地震でも起きたかのような大きな揺れだ。
「崩れるようだな。死にたくなかったさっさと去ることだ」
「なんで守護者のお前がそんなに冷静なんだよぉ!?ああっ!飛行魔法ずるい!!」
「当然だ」
地鳴りは激しさを増し、カインの声を掻き消した。