7、帰途へ

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

 「な、何この地鳴りは!?ちょっ、まさか崩れるとかやめてよ!?」

 凄まじい地鳴りが辺りを包み込んでいる。揺れは大きくなるばかりで立っているのもやっとだ。そして天井から新たな音が降りかかる。

 ビシィッ!!

 「今の音は・・・っ!ピロル、危ない!!」

 「え?・・・わっ!」

 ズーンと重たい音が鳴り響いた。天井が落ちてきた大きな岩の塊が、今まさにピロルが座っていたところに突き刺さったのだ。ティクはそんな目の前の光景を見て、腕の中にピロルを抱えながら安堵の息を漏らした。

 「ふぅ〜、あ、危なかった〜・・・」

 「あ、ありがとうございます!ティクさん」

 「どういたしまして、ピロル。で、怪我は無い?」

 「はい!ティクさんのおかげで」

 ニッコリと笑ってみせるピロル。それを見てティクも笑みを返す。そして立ち上がろうとしたその時―――

 ゴン!

 「―――いっ!」

 ばたり・・・・拳サイズの石がティクの頭を直撃し、そのままふらついた後、倒れた。倒れた直後「星が見える」とか何とかうわ言を言っていたそうな・・・

 「わーっ!ティクさん!ちょっと、しっかりして下さい!ティクさん!!」

 「キイイィ」

 「・・・・・・ほ・・・・・・し・・・」

 ピロルが必死に呼びかけるも反応は無く、セトアも気にかけて少女の頬を舐める。ただ変なうわ言だけが返ってきていた。

 「ちょっと、いったい何してんの?」

 「カイン様!」

 「よかった無事みた・・・って、ティク!?」

 カインも階段から無事に降りてきたようで、ピロルたちのもとへ駆け寄ってくる。だが帰ってきて早々、目の前の騒ぎに目を丸くした。

 「ティクさん、僕を落石から助けてくれたんですけど、直後に石が頭に・・・っ!」

 「わかったから落ち着いて、ね?それに早くここ出ないと危ないから!」

 カインは素早くティクを背負い、ピロルたちに出口へ向かうよう促した。ぐったりとした少女の口から星がどうとか聞こえた気がしたが、この際あえて気にしないでおこう。

 「見た目の割りに重いのは、鍛えている証拠ってことかな・・・」

 彼女が寝ているからこそ言える台詞を吐いて、自分も出口に向かおうとした瞬間、急に足が地面を離れた。フワフワと浮遊する自分の体にバランスをなんとか保とうとする。

 「何?何で浮かんでのオレ?しかも何か光ってるし・・・というか、光に包まれているような」

 「カイン様、セトアさんです!セトアさんが僕達を助けてくれるそうですよ」

 「へ?セトアが・・・?」

 ピロルに促されてセトアに目をやれば、セトアはこくりと頷くように瞳を伏せた。自分達を包む光がより一層強さを増したとき、視界は白一色になった。まるで無重力空間に放り込まれたような不思議な感覚に囚われる。

 ドスン!

 何となく想像はしていた。悪い予感というのも少しあった。だが痛いものは痛かった。

 「痛〜・・・セトア、もう少し優しく降ろしてよぉ」

 見事に地面に打ち付けた腰をさすって、カインは恨めしそうにセトアを見る。背負っていたティクはというと、カインが展開を察知してとっさに抱えなおしたおかげで無事であった。ピロルに至ってはセトアの首周りにしがみついていたので、一番の安全圏にいたようだ。改めて今自分達が居る場所を見回す。

 「岩山の外・・・ここって最初にオレ達が飛ばされてきた所だ」

 妙に開けたこの森の中心部を見間違うはずもなかった。今は幻術も消え去り、岩棚があらわになっている。だが、最初にここへ来たときと違うのはもう一つあった。巨大な岩山は激しく揺れ、すでに崩壊を始めている。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ・・・ッ!!

 凄まじい揺れと轟音を立てながら、岩山はとうとう完璧に崩れた。崩れたときの衝撃からは、またセトアの不思議な力がカイン達を守ってくれた。しばらくたってもなかなか晴れない土煙にむせながらも、必死に目を凝らす。

 「けほっ、流石にこれだけ大規模なら、なかなか治まっちゃくれないね」

 「村の方にも影響が及んだでしょうか?大丈夫ならいいんですけど」

 「その心配ならいらない、この森は結界で守られているからな」

 突然上から降ってきた声。カインよりも少し低めの知らない声に、ピロルはハッと上を見上げた。そこには銀髪に黒装束の少年が宙に浮かんでいた。

 「誰で―――」

 「ライグ!ずるいじゃん、一人で先に飛行魔法使って!」

 「ほう、貴様も運よく逃れられたのか」

 おもわず目をぱちくりさせた。だが今の兄貴分たちの会話でなんとなく察することができた。ああ、この人がカイン様の言っていた守護者さん・・・

 「おい、貴様の倒したという首謀者はどこだ?」

 「ああっ!そういえばオレ達が倒したあの人達は!?ライグの倒した人達も!」

 「だから貴様に名で呼ばれる筋合いは無い!ふん、そいつらのことか?」

 ライグな不機嫌そうに顎で示した先を見てみると、何となく見覚えのある顔がゴロゴロと山積みにされていた。みんな気を失っているだけで、ちゃんと生きている。

 「セントアニマルの聖域を穢すわけにはいかないからな。仕方なく拾ってきた」

 「よかった・・・・・・」

 気に食わない敵ながらやはり生き埋めなんて後味が悪かった。だから今は心から安堵の息を吐く。

 「で、首謀者と思しき人物がこの中から見当たらないのだ。貴様、そいつをどうした?」

 「いや、それは、その・・・・・・」

 真正面から睨むように見てくるライグから視線を逸らす。今度こそ下手な嘘は通じないだろう。しかし、油断して逃がしたと正直に言ってただで済むだろうか?

 「早く言え」

 「だから・・・ごめん、油断した隙にワープ魔法で逃げられた・・・・・・」

 カインははぐらかしてしまいたい思いでいっぱいの笑みを向けた。いっそこのまま時間が止まればとも一瞬だけ思う。だが予想通り、ライグの背後に赤い炎が見えた気がした。

 「貴様ぁ!あれだけ自分で誇っておいて何だその様は!」

 怒り狂うように杖の先を突きつけてくる。さすがのカインも負けじと反論に出る。

 「何だって、そっちこそ守護者がいながらみすみす進入を許したあげく、大事な聖域崩壊させちゃったじゃん!」

 「まれにそうやって進入してくるやつがいるからオレがそいつらを叩くのだろう!今回にしろセントアニマル降臨までにそういった邪魔者を排除する、そうすれば何の問題も無い!」

 「オレだって逃がしちゃったけど、半分手伝ってやったようなもんじゃん!内部の施設を破壊して機能させなくしたんだから!」

 「半分それが原因で岩山が崩壊したんだろう!もう少し場所を考慮して戦え!」

 「それをいうならもう半分はライグが暴れた所為じゃないか!ライグこそ力をちゃんと加減した方よかったんじゃないの?あ〜あ、どうすんだか・・・」

 「まったくだ!修復するこちらの身にもなってみろ!前回に続いて余計な手間を取らせやがって」

 「へ?・・・修復?」

 そこでぴたりと壮絶な会話は途切れた。疑問詞を浮かべて守護者の少年を見る。

 「修復って・・・あれ、直せるの?」

 「当然だ!こういうこともあろうかと修復魔法を心得ている」

 崩れた岩山に目をやる。大小様々な岩が転がり、そびえ立っていた面影はもう窺えない。そんなものを完璧に修復できると、目の前の少年は言うのだ。これだけ大規模なものを修復するなんていったいどれだけの力量があればいいのだろう?改めて彼の実力に感心してしまった。

 「すごいな、さすが守護者」

 「貴様に言われても何とも思わん。それでもしも修復中、貴様が邪魔しようものなら・・・」

 「わかってるって、邪魔なんかしないよ!オレだってもう用が済んだんだし、大人しく帰るって!」

 そういうとカインは再びティクを背負ってピロルに「行くよ」と促した。さっきのライグの睨みは鬼ヶ婆に並びそうな勢いだった。明らかに以前よりも凄みが増している気がする。

 (あ、その原因の一つってオレか・・・)

 「オレ達は今回、あの村の村長さんに頼まれて森の異変を探りに来たんだよ。だから異変が解決したんだし、もう帰ることにする。ということで見逃してね!」

 「・・・なら、いい。さっさと行け!」

 「お、本当にいいの?」

 「今は修復が先だ。それに崩壊させた原因がお前にあるとはいえ、首謀者を倒したことでチャラにしてやる。たとえ逃がしてしまっていたとしても・・・不本意だが邪魔者を退けたことには変わりないからな」

 かなりバツの悪そうな顔で話すライグに思わず笑みを堪えてしまう。

 「じゃあ、お言葉に甘えて―――」

 「ただし!貴様が再度ここに足を踏み入れて邪魔しようものなら・・・」

 ギラリと効果音が付きそうな睨みで「容赦はしない」と続けた。

 

 

 「んん・・・あれ?あたし・・・」

 「あ、ティクさん気がついたんですね」

 ゆっくりと覚醒していく意識の中で、ぼんやりと記憶を取り戻していく。自分を照らしているのは岩山内の照明ではなく、ちゃんとした日の光だ。そして体に力が入っていないはずなのに、一定のリズムを刻むように揺れ動いている感覚がする。

 「おはようお姫様、お目覚めはいかがかな?」

 飄々とした少年の声がすぐ近くから聞こえた。そこでやっと今の自分の状況を覚る。

 「わわっ、カイン!?あれ、あたしどうしたの!?」

 「降ってきた石で気絶して、セトアの力で岩山を脱出して、岩山が崩壊して、今はオレのおんぶで帰途についているところ」

 「え、ええ?」

 混乱しながら辺りをキョロキョロと見回してみる。右隣にはピロルが同じ歩調で歩いていて、また左隣にはセトアが歩いている。背後を振り返ってみれば、そびえ立っているはずの巨大な岩山はただ岩の積まさった山になっていた。

 「マジ?」

 「大マジ。信じられないかもしれないけどさ」

 「何で何で何で〜!?何がいったいどうなんてんの!?」

 「ちょっと暴れないでよ」

 混乱で気が動転しているティクをなだめるように、カインは少しずつゆっくりと説明していく。説明が進むにつれ、ティクは落ち着きとともに表情を暗くしていった。

 「あたし、そんな面白そうな場面を見逃したなんて・・・」

 「こっちはそれどころじゃなかったんだけど・・・」

 「だってぇ・・・」

 「とりあえず、今はライグが修復してくれてるから、今戻ったって怪我するだけだよ。だから村長にことの報告も含めて帰ろうね」

 「うう・・・」

 しぶしぶ了承するティク。本当はカインだってあの場に留まってセントアニマルを待ちたいのだ。しかしあの岩山を修復できるのはライグだけ、それに今度こそ顔を合わせようものなら問答無用で攻撃されかねないだろう。今ライグと戦っても得することは何一つ無い。むしろ損するばかりなのだ。

 「負ける気は全然無いんだけどね・・・」

 「何か言った?カイン?」

 「いや、何でもないよ。それより降ろすよ、目も覚めたんだし」

 「え?・・・わわっ、ごめん!///」

 ティクは背負われていたことをすっかり忘れていたらしく慌てて自ら降りた。カインもやっと肩が軽くなり、フゥと息を吐く。そんな二人の様子にピロルとセトアは笑みをこぼした。

 ポンポンとカインはティクの頭に手をやった。そして「うん」と確認したように頷く。

 「頭の方は大丈夫みたいだね」

 「あたしが変人みたいに言わないでよ。ちゃんと常識人ですぅ」

 「いや、そっちの方の心配はすでに諦めてるから、石が当たってときの怪我の方」

 「ああそっちね、大丈夫だよ全然・・・って、今ものすごく失礼なこと言わなかった?」

 「そう?オレってとっても顕著で心優しいんだけどな」

 カインのいつものからかい節が炸裂する。それはまるで、好奇心を押さえ込まねばならない状況にやきもきする気を紛らわすかのように、または落ち込み気味だったティクを励ますように、いつもの空気を取り戻すように、飄々とした口調で紡がれていった。

 「なにが顕著なんだが・・・サポート上手とか言っといて、ちゃっかり自分は美味しいところ持って行くんだから」

 「あの場合はああするしかなかったんだよ。誰だったかな?炎の龍が舞っている姿に見とれて、ぽかーんって口開けてた人は?」

 「あ、あれは!つい、初めてあんなの見たから・・・」

 ティクは必死に反論を試みようとするものの、カインを相手に勝てるはずも無く、口をひたすらもごもごさせる。もはや完全にカインのペースであり、それを覆すのは至難の技だ。ずっと一番近くで見てきたピロルも十分に実感していた。

 「もうすぐ着くね。本当にでっかいんだからこの森はぁ、やっと着いたよ」

 「あたしは何かあっという間な感じがするな」

 「そりゃあずっとオレがおぶってやってたもん。ティクはなかなか起きないし」

 「む、それについては反論できない・・・・・・」

 前方に入り口の扉が見えてきた。当たり前だが入ってきたときとまったく同じ扉だ。何となく自然と早足になる。

 「まずはティクの手の治療が先決。わかってるよね?」

 「いざってときに使えなくなったら大変だから、でしょ?わかってるって」

 「カイン様、ティクさん・・・何となく会話のリズムが合って来ているような・・・」

 「何か言った?ピロル」

 「あ、いいえ」

 「むぅ・・・・・・」

 カインのペースを抜け出せないティクはつい小さく唸り声をあげる。眉間に皺を寄せて何かないかと思考を巡らせる。そしてふと、何かひらめいたように小走りでカインの背後に回りこむとトンと彼の右肩を叩いた。そう、軽くトン―――と・・・

 「痛っつぅ〜・・・」

 すぐに悲痛な声が響いた。そして直ぐに発端である少女に向き直る。その瞳には驚きと痛みでかすかに涙が滲み、ぱちくりと瞬きしていた。

 「誰かさんの肩も治療が必要なんじゃありませ〜ん?」

 「何で、わかったの?」

 「あれ、気づかないとでも思ってた?」

 「ぐ・・・・・・」

 今、完璧に展開されていたカインのペースが打ち破られた。もはや主導権はティクが握っている。想像しなかった展開に、打ち破られた本人はもちろん、傍らのピロルも驚きを隠せずにいた。

 いったどこで気づかれたのか?完璧だったはずだ、しぐさも言葉も覚られないよう演じきっていたはずなのに。たしかに岩山の階段を駆け下りる途中、狭くなった通路のために落石を避け切れなかったときのものだ。しかし彼女をおぶっているときも、からかっているときもそんな素振りをした覚えはない。なのに何故わかった?今までだってあまりばれたことは無かったのに・・・

 「だって、何となく変だなって思ってよく見てたら、やっぱり肩の動きがかすかにおかしかったから。それだけ」

 「まったく、何でそう妙なところだけ鋭いんだか・・・」

 カインは自分になのかティクに向けてなのか呆れの溜息を吐き、逆にティクは誇らしげに笑った。勝ち負けではないはずなのに、妙に負けたような気がしてならなかった。バツが悪そうに顔をゆがめるその様は、ティクから見ればいつものどこか大人びてみせる表情とは違う、普通の歳相応の少年の顔に他ならなかった。

 「やっぱり、同い年の男の子だよね。アハハ」

 「いったいオレを何だと思っていたんだか・・・っていうか何でそう嬉しそうなの?」

 隠す必要のなくなった肩をさすって、カインはまた扉へ向けて歩き出した。隣を歩くティクは何故か嬉しそうで、それを不思議に思いつつもどこか安堵を覚えていた。

 そしてとうとう扉の前まで着く。すると突然、その場で足を止めたセトアは「借りは返したぞ」と言い残し、光のように去っていってしまった。言葉を返す暇すら与えられなかったカイン達は、ただ呆然とセトアの残した軌跡を見つめる。

 「セトアさん、帰り道で僕達が他のモンスターに襲われないように、ずっと一緒に歩いてくれていたんですね」

 「そうだね。もっと高貴で気位の高い奴だと思ってたけど、ずっと律儀でいい奴だったんだ」

 「ああ、あたしもセトアの瞬間移動を体験したかったな・・・」

 それぞれの感想を残し、扉をくぐれば怒涛の一日の幕は下りた。

 

 

 村長宅に戻ったカイン達はまず村長に事情を話して傷の手当てを優先させてもらった。カインが先にティクの手を見ようとした瞬間、逆に用具一式を奪われて半ば強引に肩の手当てをされてしまった。彼女曰く「おんぶの借りを返す」とのことで、実に手際よくこなしていった。

次に村長に報告をした。つるのモンスターの正体、岩山の幻術にそれに隠れていた組織、カルゴという男のことも、そして今は崩壊してしまった岩山を守護者が直していることも全て話した。村長も流石に驚きを隠せない様子で、何度も同じような質問をしてきた。一段落したところで村長がお礼を述べると、「このくらい当然です!」とカインとティクは自信気にそろって言ったとか・・・それをピロルが呆れの混ざった笑みで見ていたとか・・・

 その後も村長に「もっと聞かせてください」とせがまれ、カインは宿へ帰って休もうとしたところを半強制的に押し止められた。そしてオールナイトで村長に付き合わされることとなる・・・

 

 セントアニマル降臨まで、あと二日―――

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