4、古びた本

 

 「えっと〜・・・これかな?いや、ちがう・・・えっと・・・」

 さっきから本を手にとってはまた本棚に戻していた。

そうなに大きくない部屋には本が所狭しと並んでいた。本棚に入りきらず、床に積まれている本もある。

リッカはまだ読んだことのない古い本の並んでいる本棚の一番上の段を探っていた。リッカも本をよく読む方だが、ここにはまだ読んだことのない本もいっぱいある。

 本棚はけっこう高く、3メートルはある。なので一番上の段ははしごを使って探す。時々軋む音が少し怖い。

 「ええっと〜・・・。」

 リッカは本を探しながらチラッと水色髪の少年の方へ目をやる。

 少年は腕組をしながら部屋の入り口付近に立っていた。表情は無表情で、さっきから一言も喋らない。

 いったいどこから来たのか?どうして自分を助けてくれたのか?セントアニマルとは何なのか?名前はなんていうのか?訊きたい事はたくさんあるが、今は少しでも恩返し出来るように本を探す。

 「あっこれ!・・・セント・・・ラル・アニル?・・・ちがう、これじゃない。」

 目的の本が見つかったかと思うと、タイトルが似ているだけだった。

 ガッカリしてまた本棚に戻そうとした、が、そのとき本を抜いた隙間から奥に何か見えた。本の背表紙らしい。

 (こんな奥にもあったんだ・・・どうしてだろ?えっと、タイトルは・・・)

 「あったぁ!」

 リッカは歓声を上げた。本の背表紙には『セントアニマル』とかすれた字で、しかししっかりとそう書かれていた。手に持っていた本を並んでいる本の上に置くと、目的の本を取るべく手を奥に伸ばした。

 「あったぁ、これで・・・あれ?」

 見つけたはいいが、しまわれている場所が相当窮屈なのか、なかなか抜けない。

 「うくっ・・・うぅ〜。」

 手をさらに奥へ入れ、しっかりと本を掴み引く。だがなかなか抜けないようだ。

 「う〜・・・えい!」

 一気に力を入れてみる。少し手ごたえがあった。もう一度やってみる。

 ズズ、ズッ!

 「やった、取れたぁ!」

 ようやく本は窮屈な本棚から抜けた。しかし・・・

 「え・・・?あ、あれっ!きゃああ!」

 一気に力を入れて引き抜いたためにその反動ではしごがグラッと揺れ、リッカはバランスを失ってはしごから後ろ向きに落ちた。

 遠ざかる天井にギュッと目をつむった。

 「大丈夫か・・・?」

 「・・・。」

 しかし聞こえてきたのはドスンといった鈍い音ではなく、真っ直ぐで落ち着いた少年の声だった。ゆっくりと目を開ける。

 「あ・・・。」

 また自分はこの少年に助けられた。はしごから落ちたところを受け止めてくれたのである。しかも腕一本で・・・。

 「あ、ありがとう・・・。」

 「別に大したことじゃない・・・あったのか、本は?」

 「あ、うん!一番上の段の奥に・・・これ。」

 思わず腕に抱きしめてしまっていた本を渡す。

 少年は表紙をじっと見てから、隅のほうにある小さなランプの灯る机の上でそれを開いた。紙自体は相当年季が入っているが、文字はしっかり読める。

 リッカも少年の横から本を覗き込む。

 『百の年月が流れし頃、天より地上に舞い降りる』

 書き出しはそう書かれていた。100年経った頃、空から何が地上に現れる。

 『決まって同じ道筋をたどり、再び天へ帰っていく』

 「決まって」ということは、何度か姿を現したことがあるということか…。

 『その舞い降りし者の名は、セントアニマル…』

 リッカはその名を見て目を見張る。ではこの少年はそんな100年に一度しか現れないという伝説の存在を追っているというのか。

 そして文面からすぐ横の少年に目を移す。少年の表情は先ほどと変わらず、冷静で無表情に近い表情だった。しかし、先ほどより瞳が輝いて見えた。食い入るように見つめている、真剣で真っ直ぐで、とても澄んでいる瞳。なんとなくその目に見入ってしまう。この少年は感情があまり表情に出ないのか、出さないのか?表現するのが苦手なだけなのだろうか?そんなことが頭を過ぎるが、瞳にはこんなにも現れるなんて、きっと本当は素直な人なのかもしれない。リッカはそう思った。そんなことを考えていると・・・

 「・・・。」

 「あ・・・っ。」

 ふと、少年がリッカの視線に気づき視線を本からリッカの方へ移すと、ちょうどバッタリ目が合ってしまった。リッカは慌てて視線を逸らし、俯く。

 「あ、ご、ごめんなさい!えっと、あの、その・・・あっ、わ、私他にも本がないか探してくる・・・!」

 そう言って奥の本棚の方に向かう。

 少し動揺している気持ちを落ち着け、ぎっしりと本のつまった本棚に手を置き、一息。

 (ふ〜、まさかあんな近くで目が合うなんて思ってなかった。やっぱり変に思われちゃったかな・・・)

 しかし、一応本を探しに来たのだから回りに積み重なっている本の山を見回す。乱雑に置かれているようだがある程度揃えられているらしい。リッカもこんな奥の本棚まで利用することはこの半年のうち無かった。

 「あっそうだ!」

 リッカは本を探すついでに整理もしようと、床に置いてあった本を数冊手に取った。明日でこことはお別れなのだから、せめて半年お世話になったこの場所に礼をしよう。そう思いほこりがかぶっている拍子を手で掃うと、そのほこりが舞い上がりこほこほと咳き込む。ほこりの消えた表紙には「魔療書」と書かれていた。魔法の医学に関する本である。

そういえば、ここにある本のほとんどは魔法に関するものばかりのはずなのだが、あの「セントアニマル」の本は何故こんなところにあったのだろうか?少なくとも自分は初耳だった。

 セントアニマルはやはりその名のとおりなら「聖なる動物」ということなのだろうか?何故セントアニマルは100年に一度姿を現すのか?少年は何故そんなものを追っているのか?・・・いったい少年は何者なのか?

 リッカは頭に次々と浮かぶ疑問を振り払うように頭を振る。疑問を消したいのなら直接少年に聞くのが一番いい。しかし訊いていいのか、それ以前に答えてくれるのか?あんなに必死なのだからきっと何か訳でもあるのだろうと思うと、どうも訊きづらくなる。

 「あ・・・そういえば・・・。」

 そういえば夕方エリーをさらおうとしていた三人組は何故「魔反鏡」なんて貴重なアイテムを持っていたのか・・・?あのような貴重なアイテムは厳重に管理されているはず。

 腕の中の本をすべて片付けると、また数冊手に取って本棚に向かう。そして再びすべて片付けると数冊手に取る。しかし今度は本棚ではなく少年の様子を見にランプの光が輝く方に向かった。

 少年は先ほどと変わらず本を真剣に見つめていた。よほど探し続けてきたのだろう。

 リッカはそんな少年の後姿少し遠巻きに見ながら、近くの本棚に寄りかかり、床に腰を落とす。疲れたので少し休憩、今日はいろいろと疲れることがあった。魔法使いの男に魔法を返されたときの痛みもだいぶ消えた。

 (そうだ・・・私まだはっきりお礼言えてない、助けてもらったのに・・・)

 窓からは満月の光が差し込んでいた。

 

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