行進曲〜マーチ〜

 

 「何あれ・・・?」

 大きな破裂音が聞こえたかと思えば、黒い点がこちらに迫ってきて、近づいてくるにつれて点は漆黒の翼を持った悪魔へと変わって、今誰かと交戦している。遠すぎてよくわからないけど、光が飛び交っている。

 「地上だけじゃ、ないの・・・?」

 ほんの数時間前、地上にいた頃に見た光景を思い出し、奏は拳を握り締めた。

 

 

 「ああもう、うじゃうじゃとしつこいな〜!」

 つらら状の氷を放ち悪魔を迎撃する。後から迫ってきた悪魔にも一発。

 「こんな空中戦じゃ下手に氷付けにしても、重力で下界にでっかい霰降らせちゃうからな〜。セイルがちょっと羨ましい・・・」

 休むことなく悪魔を迎撃しながら、カシルはついと向こうで同じく交戦中のセイルに目をやる。

 セイルは数多のカマイタチを繰り出し、遠慮なしといわんばかりに次々悪魔をなぎ倒している。風なのだから役目を終えれば簡単に消えてしまうことができるのだ。

 小さく溜息をつきながらカシルは悪魔の攻撃を避け、振り返りざまに氷の矢をお見舞いする。これくらいの氷なら迎撃と同時に消えてくれるだろうから。

 「よっと!」

 正面から爪を繰り出してくる悪魔の攻撃をかわし一撃、背後から狙ってくる悪魔には後方に跳躍しながら回転で避け、その体勢のままで二撃目。その動きは実に鮮やかなもので余裕すらうかがえる。

 バンと王殿の壁に手をつき少し力を込める。すると手をついた場所から大きなつららが壁伝いに勢いよく波のように突き出て、壁の近くにいた悪魔達は次々に貫かれ消えていく。

 「ふぅ、いったい何匹いるんだよ・・・」

 すでに残っていた神官たちが出てきて応戦し始めているとはいえ、こう効率が悪くては取りこぼしなんて出てくるかもしれない。人手不足のときに限ってこんなことに・・・

 「とにかくやるしかないか!」

 気合を入れなおして再び悪魔達に向かう。

 「カシル!!」

 突如後方から名を呼ぶ声がしてハッとするが、振り返らず前方に構えなおした。声の主も意図もわかっている。

 「オッケー!!」

 「いくわよ、水底の精霊アクリスの名において放ちたるは聖なる気を宿し水の守り手!」

 叫ばれた呪文とともに一瞬で王殿は水の澄んだ水の壁に覆われた。壁は虹のような輝きすら持っている。

 「よっしゃ、これでおもいっきりできる!」

 カシルは一気に力を込め、周囲に無数の鋭い氷塊を形成する。氷塊は休まることなく数を重ね、カシルの周囲を埋め尽くす。

 「いっけぇーい!」

 腕を横なぎに払うと同時に無数の氷塊はいっせいに四散した。矢の如き速さで襲ってくる氷塊に、悪魔は避けることすらかなわずに次々と貫かれていく。そして王殿は水の守りの中にあるため、流れ弾や衝撃に襲われることはない。

 「ゲガアアアアア!!」

 最後の悪魔の断末魔が響き渡り、氷の嵐は静かにやんだ。氷の欠片がキラキラと舞うと同じく王殿を包んでいた水の壁もすうっと消えていく。

 「サンキュー、シア!おかげでとってもスッキリした」

 「どういたしまして、私も久しぶりだったから術の精度落ちてたけど」

 眼下を見下ろしてみると、廊下の手すりのところにシアと奏が立っていた。先ほどの水の結界を作ってくれたのはシアだったのである。彼女は術士としての実力もそれは高く、水系の術に関しては並みの者ではかなわないとも言われているのだ。

 ポン―――

 む?誰かに肩を叩かれた・・・

 カシルは叩かれた肩の方に首を回す。そこで一番に目に入ったのは、赤い怒気のオーラだった。

 「カシル、よかったなスッキリして」

 「セ、セイル、どど、どうしたのかな?怖い顔しちゃって・・・」

 やはり声のトーンも低い。思わず問う口調も引きつってしまう。

 「お前、俺が向こうで悪魔達と戦っていたのが見えなかったのか?」

 「え、や、その見―――」

 「えてなかったんだよな。じゃなかったらこっちまで氷飛んでくるわけないもんな?」

 今ので合点がいった、気がした。つまり水が守っていたのは王殿であって、その外で交戦していたセイルは含まれていなかったと・・・で、氷がセイルにまで向かっていったと。

 「いや、その、セイル!ご、ごめ―――って、いたたたた!!」

 再びカシルの頬はセイルによってぐにぐにと引っ張られる。

 「お前なぁ!やるなら一言ぐらい言ってからやれ!一緒に飛び出したんだから知らなかったわけじゃないだろう!?いくら俺でも防御間に合わなかったどうする!」

 「ほへんひゃひゃい〜〜〜(ごめんなさい〜〜〜)!」

 言葉になっていない叫びが青界の空に木霊した。

 

 

 「ふぅ、青界に着いたばっかりなのに、なんでまた悪魔に会っちゃうかな?」

 奏は溜息をつきつつ、あまり広くない書庫の中をぐるぐると歩き回っていた。

 突然の悪魔襲来によって王殿の中は騒然とし、自然王の補佐であるカシルとセイルは集会があるとかで急遽玉座へ収集。自然王への挨拶も延期、シアも用があるとかで今少しだけ席を外しているので、その間奏は彼女の仕事場である中央第二書庫で一人待機しているのだ。

 さすがみんな出はらっているというだけあって書庫には誰もいない。もちろん知っている者もいないので何かをするとでもなく、ただ暇つぶしに書庫内を見て回っていた。

 「不思議、知らない文字のはずなのに何て書いてあるのかわかる。やっぱりこれも青界の特別な力とかなのかしら?」

 ふと先ほどの光景が脳裏に蘇る。大勢の悪魔達を相手にカシルとセイルは見事迎撃、シアも術を行使してカシルをサポートした。

 「本当にみんなすごかったな…私も、あの人達の仲間になるんだよね」

 また不安が込み上げてきた。

自分は強い霊力を持ってはいるものの、それを術に変えたりなんてことが出来るわけでもなく、ただ見ることができるだけ。きっとまた悪魔が襲ってきたとしても力になれるかどうか…

ギュッと両の拳を握り締め、不安とともにやってきた悔しさに顔を歪ませる。

 「そうだ、こうやって悔しがっててもしょうがない。この中の本を読めば何か力になるかもしれない!」

 奏は勢いよく巨大な本棚に向かいおもむろに本を引っつかむ。少しでも力を付けられるように、少しでも役に立てるように…

 本を読もうと適当にページをめくったとき、ふと床に一冊の本が開かれたまま伏せられているのに気が付く。

 「何かしら?他の本はみんな本棚に収まっているか、綺麗に積まれているのに…」

 好奇心のままそっとその本を手に取る。タイトルは無く、表紙も背表紙も青で統一されていた。紙面に目をやろうと本を反した瞬間―――

 ボン!!

 「きゃっ!」

 小さな爆発音と一緒に白い煙がたちこめる。奏はケホケホとむせながら煙を掃い、何事かと目を凝らした。

 「え?え、え、ええええええええ!?」

 腰を抜かし叫び声を上げる奏を大きな影が覆う。前方には見たことも無いような巨大なねずみがそびえ立っていた。かるく見ても体長二メートル強、普通のねずみの約40倍。

 「なな、何なのよこのねずみ!?お、大きすぎるってば!!」

 おもわず大きな声を出してしまった奏の方をねずみが覗き込む。奏の倍以上はある顔は怪獣映画を最前列で見るよりも迫力があった。そしてねずみの立派な歯が不適に煌いた。

 「き、きゃーーーー!!!」

 逃げ出したいのに腰が抜けてしまって動けない。鋭い歯が迫っているのにそれから身を守る術すら持っていない。おまけにカシルやセイルは集会、シアは用でいない。ようするに絶体絶命という状況である。

 迫り来る歯に奏は覚悟を決め、ギュッと目を瞑る。

 ガキィィーン!

 金属音のような鋭い音が書庫内に響いた。

 痛みも何も感じず、その音に驚いた奏は恐る恐る目を開く。そして目に入ってきた光景にさらに目を見開いた。前方にはガラスのように透き通った壁と、その向こうに歯を押さえて痛がっている巨大ねずみの姿があったのだ。

 「え・・・きゃっ」

 突然腕を引かれ後によろめく。そのまま尻餅をついてしまうが、奏とねずみの間に割って入るように背中が目の前に現れた。白い服に金色の髪がよく映えている…

 「・・・・・・?」

 何が起こったのかよくわからずただその背中をみつめる。割って入ってきた人物は、奏が尻餅をついた際に落としたあの青い本を拾い上げ、小さく呟くように呪文のようなものを口にした。青い本が光を放つ。

 すると次の瞬間、巨大ねずみは奇妙な叫び声をあげながら、瞬く間に本の中へと吸い込まれていった。

 嵐のように過ぎ去っていった一連の出来事に奏はまた腰を抜かし、ただ呆然とねずみの消えた後を見ていた。すると、上から声が降ってきた。

 「怪我は無いか?」

 「え・・・うん」

 思ったより高く、どこか幼さの残る声は少年のもの。

 「よかった・・・しかし大丈夫というふうでもなさそうだな。立てるか?」

 少し堅さを含んだ喋り方だが、声色はやわらかい。語尾の問いと一緒に手も差し出してくれた。

 「ありがとう、おかげで助かったわ。でも、ちょっと腰が、その・・・抜けちゃって」

 恥ずかしさを隠すように笑ってみるがやはり口元が引きつってしまう。よく見たら助けてくれたのは自分とあまりに歳の変わらない、顔立ちにも幼さの残る少年だった。

 「そういうことか。たしかにあれは驚くだろう、私も最初はかなり驚かされたからな」

 「うん、私ここに来たばかりだから、まだこの世界のこと全然知らなくて・・・」

 短い金髪に緑の目、身に纏っているのは全身白が基調の神官服である。先ほど巨大ねずみの牙から守ってくれたガラスのような盾は、きっとこの少年の術かなにかだろう。

 「なら覚えておくといい、あれは・・・青界式のねずみ捕り用トラップだ」

 一瞬自分の耳を疑った。今何と言った?青界式ねずみ捕り用トラップ?

 「な、何それ?それじゃあ、あんな馬鹿でかいねずみがまだいっぱいいるってこと?」

 青ざめていくのが自分でもわかる。もともとねずみ自体苦手な奏は、巨大ねずみがわらわらと行進する光景を思い浮かべることさえ苦痛だ。

 「案ずるな、あれほど巨大なものはごくまれにしかいない。くわえて、このトラップはねずみを感知しだい、瞬時にこの本へ強制連行させるから、目に付くことはあまりないだろう」

 ホッと胸を撫で下ろした。つまり今回の出来事は自業自得で、しかもかなり運の悪いときにしでかしてしまったとうことだ。あの本はトラップとしてあえて逆さに伏せてあって、誤ってそのトラップを解除してしまった結果、運悪く巨大ねずみが捕まっていたときと重なってしまったというわけ。

 「私ってドジなうえに運悪すぎよ〜・・・でも、助けてくれて本当によかったわ、ありがとう」

 「いや、怪我が無かったことが何よりだ。私はそろそろ失礼する」

 「あ・・・・・・」

 奏が名前を聞こうと思ったときには、すでに少年は踵を返して部屋を出ていた。治った腰をさすりながら奏は立ち上がり、そんな彼の背を見送った。

 「なんかお堅い感じもあるけど、優しい人だったな・・・」

 

 

 薄暗い玉座の間を青い炎が照らす。天井は上のほうが見えないくらい高く、前後左右に広がる空間もかなり先にうっすらと壁が見えるほど広い。黒曜石の床は綺麗に煌いていて宇宙すら連想させる。

 それほど大きな部屋の中央にある不似合いな小さな台座の前に、カシルやセイルや他の自然王補佐を勤める化身たちが立っていた。

 「久しぶりだね、集会なんてさ」

 「結界を張っているはずの青界、しかも王殿のすぐそばであんなことが起きたんだ。当然といえば当然だな」

 今だ始まらない集会を待っている間、たわいのない会話で時間を潰す。

 「カーシル!!」

 カシルの名を呼ぶ抑揚のある声が、背後から衝撃と一緒にやってきた。

 「わあ、久しぶりギオ!えっと確か五年ぶりくらいだっけ?」

 「おおそうだそうだ、ずっと出張でなっかなか帰って来れなかったんだよ。どうだ、お前は元気にしてたか?」

 肩を組み、懐かしむように接してきたのはカシルやセイルの同僚であり、水の化身でもあるギオだった。外見年齢はカシル達と同じくらいの十代半ば、青い短髪に動きやすそうでシンプルなデザインの蒼いローブを身につけている。彼は出張から帰ってきたばかりらしく、カシル達も今ここで久しぶりに顔を合わせたのだ。ちなみに五年ぶりとは言っているが、実際は十年くらいぶりなのである。化身たちの生きる時間は人間の比にならないほど長いので、時間の感覚が時折ずれることがあるのだ。

 「それにしても遅刻癖は変わらないな、ギオ?」

 「何だよセイル、せっかく久しぶりに帰ってきたばかりの友に向かって〜」

 「向かって〜」

 拗ねたようにじと目で訴えてくるギオと、語尾を同じように繰り返すカシル。それを見てセイルは頭を抱えて小さく溜息をつくのだった。

 「あほがまた一人増えた・・・」

 「同感だ、セイル。またうるさくなるな」

 セイルの溜息に同意したのは火の化身である乱炎(らんえん)。彼は古来日本の儀式に使われていた炎から生まれた化身であり、他の化身達と違って日本の着物に似た服を着ている。

 他にも個性豊かな化身達がこの場で久しぶりに顔を合わせている。大樹の化身や岩の化身、中にはもちろん女性の化身も存在し、合わせれば十五人くらいだ。

 「集まったか・・・」

 低く澄んだ声が部屋に反響する。重さすら感じさせる声だが、清廉さも滲み出ている。

 その声を合図に化身達は台座に向き一礼、顔をあげると一新して皆真剣な表情へと変わっていた。

 「ただいま戻りました、自然王」

 「ギオ、大儀だったな。報告はあとで聞かせてもらう」

 「はい」

 先ほどまでふざけまくっていたギオも静粛に振舞う。

 「では、私もたまに人身をとろうか」

 重みのある声の反響がやむと、台座の上に緑色の光が現れた。光は徐々に輝きを増し、同時に人の形へと変化していく。光が収まると、そこには長くて白いひげを携え、何十にも重なった着物を身に纏った老人の姿が現れた。

 「では、私の補佐達よ、集会を始めようか」

 自然王が開始の号令をかけた。

 「此度、集会を開いたのは他でもない、先ほどの悪魔大量襲撃のためだ」

 「自然王、質問!あの、悪魔ってなんですか?」

 厳粛な空気がギオの一言によって一気に固まった。しんと静まり、頭を抱える者もいる。

 「な、なんだよ、俺は出張先じゃずっと引きこもり状態だったんだよ!しかも今帰ってきたばっかで、何にも知らされてないの!仕方ないじゃんか///」

 さすがのギオも周りの空気に圧され、恥ずかしさから顔を赤くして反論した。

 「こほん!乱炎よ、説明してやりなさい」

 自然王は咳払いをして乱炎に説明してやるよう促す。乱炎も自然王からの命ということで、仕方なさそうに言葉を紡いでいった。

 「悪魔というのは正式な名の者ではなく、正しくは総称だ。この世の負の欲が具現化した姿であり、その姿形から我々は仮に悪魔と呼んでいる」

 「でも、そんなもんわざわざ名前付けるほど出没してたか?その辺の妖やら魔物とごっちゃにしてたよな」

 「それが最近急激に増え、世界各地で害をなしているから、こういうことになってるのだ。それくらい察しろ」

 乱炎の言葉にムッと怒りを覚えるものの、背後に『お前のために貴重な時間を割いてやっているんだぞ』という赤黒いオーラを感じ、ギオはぐっと堪えた。

 「じゃ、そもそも何でいきなり増えたんだよ?あいつらなんて簡単に生まれるようなもんじゃねえだろ?」

 「あたりまえだ。突如として悪魔が増加したのは『導きの旋律』が不協和音となってしまったためと考えられている」

 「『導きの旋律』が!?」

 「ここからは私が話そう。ご苦労だった、乱炎」

 「はい」

 自然王は乱炎の言葉を継いで話し始める。『導きの旋律』、それを聞いて驚愕の顔をしたままのギオ、そして他の化身達もその言葉と自然王が乱炎からわざわざ言葉を継いだことで真剣な表情へと、また空気が張り詰つめたものになった。

 「知ってのとおり、世界には二つのサイクルがある。私が統括する『物体のサイクル』ともう一つ、この世に生を受けて月日を重ね死してまた転生するサイクル『魂のサイクル』だ。『魂のサイクル』が死と同時に魂をこの世からあの世へ運び、冥界を通ったのち魂は再びこの世へ戻ってくるわけだが、転生する際に魂が迷わぬようこの世へ導く役割を持っているはずの『導きの旋律』が突如として不協和音と化し、その不協和音こそが悪魔の増加を助けているのだ」

 自然王が一息つく頃には、皆眉をひそめて悔しさから拳を固く握っていた。

 「つまり、御魂の行進曲から悪魔の軍歌へと成り下がってしまったということか」

 重く呟くセイルも険しい表情で俯いている。本来魂を助けるべき調べが、なんのいわれでこんな魂を脅かす存在にならなければならないのか。自然の流れや魂を重んじる彼らにとって、それは何にも変えがたい悔しさだった。

 「くわえて、『導きの旋律』が不協和音に変わったことで導く機能が停止し、今冥界では魂がせきとめられている状況だ。このままではいずれサイクルが崩壊するやもしれん」

 「そんな!?なら、早いとこ音の出所に行って不協和音を正すことは―――」

 「できるなら、とうにやっているさ。気を集中させて音を聴いてみろ」

 驚きのあまり落ち着きを欠かしていたギオに、セイルは実際に音を聴いてみることを促した。自然王の補佐である化身ともなれば、気を集中することで実際に『導きの旋律』を聴くことも可能なのだ。それでも微かに聞こえる程度がやっとである。

 ギオもしぶしぶ気を集中させる。

 「・・・・・・」

 「わかったか?」

 「・・・これって、何なんだ?音がそこら中に反響してて、つかめない」

 「不協和音になってから位置が特定できなくなったんだ。それで捜索が難攻している」

 ちっと舌打ちするギオを見やり、自然王は改めるように一つ頷くと口を開いた。

 「そういうわけだ。原因が分かっていながら足踏みをしていた状態だったが、この結界の中にある青界にまで大量の悪魔が出現してしまうような事態にまでなってしまった。もう悠長なことは言っておれん。なので一刻も早い解決を目指し、私から命を下す」

 化身一同は自然王に向き直り、次に発せられる言葉を待つ。なんとなく予想はつくが、自然王直々の命は重みが違う。

 「一刻も早く旋律の出所を見つけ出すのだ!他の事は二の次にまわせ、手段は問わん、それを最優先事項とする!」

 「しかし、またここが襲われるような事態にな―――」

 「そのときは私が出よう!青界の者達には指一本触れさせん、お前達は守りを気にせず捜索に専念しろ。私はここから出られん代わりに必ず死守してみせよう」

 自然王の言葉に皆目を見開く。つまり今度襲撃を受けるようなことが起これば、自然王が直に戦線へ立ち、その強大な力を振るうということだ。こんなこと前例にいくつあっただろうか?少なくとも何回も指は折らない程度だ。

 「皆、頼んだぞ」

 『はい!!』

 玉座の間に十数もの声が木霊した。

 

 

 「カシル」

 集会が終わり、皆それぞれ任務のために散開していくなか、カシルは自然王に呼び止められた。何事かと振り向いてみれば、小さく手招きしているではないか。出口の扉に向かっていた足を回れ右し、自然王の座る台座へ歩を進める。それに気が付いたセイルも足を止め、カシルを振り返って見守っている。

 「何ですか?」

 「何といったかな?お前が出入りしている書庫に勤務している神官の娘は?」

 「はい?」

 突拍子も無い自然王の言葉にカシルは疑問詞を浮かべる。質問自体はすぐ想像がつくが、何故今そんなことを聞かれる?

 「シアのこと、ですか?」

 「おおそうだ、シアといったな。カシル、改めて行動するときはその娘も同行させよ」

 「・・・へ?」

 何故、どこからそんな話になる?ますますわけが分からなくなるカシルだが、自然王の次の言葉でピンときた。

 「集会中、一言も言葉を発さなかったな。表情も変えず険しいまま、お前は何かを考えていたのではないか?」

 「・・・・・・」

 おもわずぐっと言葉に詰まる。たしかにそのとおりだったが、表情だって普段と変わらなくしていたはずなのに、この王は本当にどこまでも見通してしまうらしい。ふうと、観念したように一つ息を吐く。

 「まあいい、大よそ想像がつく。だが、焦りだけには注意するんだぞ、何を確かめるにしても、だ」

 「わかりました」

 今度はカシルが真っ直ぐに返した。了解の意はこれで十分伝わったようで、自然王も頷くように目を伏せる。

 用件が終わったとみて、踵を返し出口に向かうカシルに自然王が再度声をかけた。

 「不協和音を律するには、タクトがいるだろう?」

 指揮をするように人差し指を立て、四拍子を宙に描く仕草を交えながら意味深さを言葉に含ませる。それに対してカシルは「そうですね」と首だけ振り返って再び彼を待つセイルの元へ足を進めた。

 

 

「本当にごめんなさい!これは私の落ち度だわ、私がちゃんと教えていれば・・・」

 「いいですってば、シアさん!私は無事だったんだし、ただ私がドジっただけですって!」

 少年の術発動時に生じた霊力に感じ取り、慌てて書庫に戻って来たシアは、奏に事情を聞くなりずっとこの調子だ。何回このやり取りをやったことか・・・

 「それより訊きたいことがあるんです、私を助けてくれた男の子・・・」

 「・・・たしか金髪で奏ちゃんと変わらない歳の子、だったわね?たぶん、それってレオン君のことじゃないかしら?」

 「レオン、君・・・?」

 蘇ってくる記憶の姿と今聞いた名前を照らす。確かに高貴で猛々しいイメージの名は彼に似合っている。

 「ええ、歳は奏ちゃんの一つ上の十三歳で、彼も今回急遽スカウトされた一人よ。前はお父さんと神官をやっていたそうだけど、とりあえず奏ちゃんとは同期ね」

 シアはそう言うと、何かを思い出したかのように本の積まれた机へ駆けていった。バサバサと本を手に取ったり他へ置いたり、何か探しているようだ。奏はそんなシアの後姿をぼんやり見ながら、さっきシアが言った言葉を考えていた。

 「私と、同期・・・・・・なんだ」

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